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2024.02.17 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

南部笹流大平神楽「三番叟」@2024結成記念くりはら神楽まつり

さて本日は、2024年2月11日に行なわれた結成記念くりはら神楽まつりから南部笹流大平神楽で三番叟です。

の前に大平神楽さんの由来について

「明治初年に岩手県胆沢郡衣川村上衣川から若柳に婿入りした高橋忠右エ門が間海の田代芳蔵らに指導した。
梅崎神楽と称した。
明治18年にその田代芳蔵から大平の鹿野巳代吉、明治25年に鹿野吉三郎に伝授された。
初代庭元田代政之進、二代鹿野吉三郎、三代鹿野信一、四代目は鹿野一男である。
戦後に後継者難で長い間中断したが、昭和58年に不動堂西館青年会が中心となり、当時最期の神楽師である佐藤七右衛門、及川千次郎の指導のもとに再興し、平成元年三月一日、志波姫町教育委員会より、無形民俗文化財第一号の指定を受けた。」

現在の代表者は曽根誠さんです。



演目の三番叟は、南部神楽の式舞に位置づけられています。
かつては南部神楽の上演でも式舞を舞納めてからでないと仕組神楽(劇舞)を舞うことができなかったわけです。
この日も式舞を先に奉じてという意味合いで、大平神楽さんが三番叟を上演しました。

出掛かりでは幣束を幕前に差し出して歌が掛かります

〽 吉が野に 吉が野に 今に日は照るとも 日は輝るとも 常に流るる 鳴る瀧の水
  鶴殿や亀殿が玉つれて 今日は第39回志波姫神楽鑑賞会の社前において 幸い心と舞い遊ぶ

胴の拍子も笹流で独特です。

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大平神楽の三番叟について当日パンフレットにはこうあります

当笹流の三番叟は三種あり、いずれもそのセリフから又囃子歌から解釈する時、民族の平和と繁栄を祝福し万民の平和と健勝を
祈り、人生の宿縁を歌う誠に目出度き舞である。
また三番叟は舞台を清める舞であり、別名(四方型、四方祇)の舞とも言われ、神楽の幕開けを意味するものである。

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三番叟と胴取りのやり取りも常のとおり

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大平神楽さんの三番叟は御神楽の部分で大きなクネリが入るのが独特です。

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動画でどうぞ


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2024.02.17 |

2024.02.16 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

城生野神楽「鶏舞」@2024結成記念くりはら神楽まつり

さて本日は、2024年2月11日に行なわれた結成記念くりはら神楽まつりから城生野神楽で鶏舞です。

その前に、城生野神楽さんの由来について定本より

「嘉永年間(一八四八)富野城生野の富助が岩手県西磐井郡萩荘村市野々、自鏡山の山伏神楽を習得した。後部落の若者達に指導して城生野神楽を創設した。
以来城生野神楽は、山伏神楽の正統を保っているので宮城県北の神楽の総元締である。
初代庭元千葉幸之進、現在の庭元加藤義勝は五代目である。
昭和三六年一一月、築館町の無形文化財に指定されている。」

とあります通り、幕末に自鏡山の法印神楽を習得して以来、明治中期に阿久戸神楽に伝授したのを初めに、栗原地方の十数団体に神楽伝授を行なってきた団体であります。現在の代表は佐藤安美さんです。」とありますが現在の佐藤安美さんです。

この日の胴は佐藤涼さんです。



この日の城生野神楽の鶏舞は、ステージにセリの設備があったので、セリから登場する演出でした。

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南部神楽にはつきものの鶏舞ですが、実はそのもととなった法印神楽には鶏舞はありません。
またもう一つのもととなった山伏神楽には鶏舞はあるものの、現在の南部神楽の鶏舞とは全く芸態が異なります。
というか、鶏舞と御神楽の差異が判然としない山伏神楽にあって、南部神楽の鶏舞にはその残照が見て取れます。
なので、現在の南部神楽の鶏舞は山伏神楽の鶏舞をベースにしつつ、華やかな舞の所作を組み入れていったのかと推察します。
その典型がこの城生野神楽さんの鶏舞です。

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岩手県内南部神楽の鶏舞(御神楽)には無いハイスピード感あふれる舞となっています。

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それとともに、早い崩し舞の後半で舞手全員がピタッと止まる瞬間があります。
これは早池峰神楽系の崩し舞等でも見られる所作で、ここで観客から「ヨシッ!」等の声がかかる最高の見せ場です。
南部神楽で鶏舞を演ずる団体は多くありますが、このピタッと止める瞬間があるのは城生神楽だけです。

それに頼もしい若手も育ってきていますしね!

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2024.02.16 |

2024.02.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

川北神楽「榊舞」@2024結成記念くりはら神楽まつり

さて本日からは、2024年2月11日に行なわれた結成記念くりはら神楽まつりについてのリポートとなります。

この神楽まつりは、栗原市内の神楽団体が高齢化や後継者不足による活動継続が困難になってきた中で、現在活動している11団体が「栗原市神楽保存伝承協議会」を結成して、地域に根ざした神楽の保存。伝承を図っていこうという趣旨で、結成記念の上演会となったものです。
今まで以上に神楽団体同士の横の繋がりを重視し、交流あるいは相互援助しながら盛り上げていくものと期待しています。
また、来る7月14日には第1回くりはら神楽まつりの開催を予定しているということですので、こちらも楽しみしています。

ということですので、最初は式舞、川北神楽による榊舞です。

「明治16年に、初代庭元佐藤福男が世話人となり、岩手県西磐井郡萩荘村達古袋神楽の佐藤春吉師匠を招き、部落の若者達に神楽の指導を行い、門出神楽を創設した。
大正初期、一迫町長崎高橋長右エ門師匠の指導を得、現在まで休むこともなく継続されて来た。
その後、昭和41年に一迫町「民俗芸能無形文化財」の指定を受けたことを契機に川北神楽保存会と名を改め現在に至る。」
現在の代表は佐藤勝さんです。

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さて榊舞
演目名を見ると大乗神楽の榊舞を彷彿とさせますが、さにあらず。
とはいえ、両部神道的に捉えるならば重要な儀礼的な舞であることには変わりない。

その証左として舞を演ずるに先立って神楽会の代表が舞台の四方に塩を撒いて、神楽座を祓い清める儀礼がある。

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また、陸前浜の法印神楽でも榊舞は至高の舞とされ、初矢として上演されている。

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当日プログラムの演目説明は次の通り

「鎮守の森の祭典や結婚式、新築祝い、年祝いなどで、その場所の四方を清め、皆様方の家内安全、無病息災、商売繁盛、五穀豊穣、交通安全などを祈願する神楽舞であります」
とある。
これは紛れもなく宗教的信仰に依拠しようとする民衆に応えうる民俗芸能であったことを標す。

現在の南部神楽は、ともすれば奥浄瑠璃や歌舞伎に題材をとった演劇神楽と捉えがちだ。
しかしながら、もともとは法印や宗教者が行っていた祈祷的な舞を明治初年の修験廃止令とともに地元農民に受け継がれたために、形を変えながら現在まで継承していることを肝に銘ずべきだ。
そのことを、この川北神楽の榊舞は示しているのではないか。

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2024.02.15 |

2024.02.14 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ太神楽

南部藩壽松院年行事支配太神楽「通り舞・狂い獅子」@2024第26回釜石郷土芸能祭

さて本日は、2024年2月4日に行なわれた第26回釜石郷土芸能祭から南部藩壽松院年行事支配太神楽で通り舞・狂い獅子です。

この南部藩壽松院年行司支配太神楽は、元禄12年(1699)に釜石の守護神である尾崎大明神(現在の尾崎神社)の遥拝所が建立されるさい、南部藩の御給人であった佐野家(屋号は鈴屋という)の夫人が御神体を安置する六角大神輿を寄進したことから、盛岡藩の芸能集団である七軒丁から伊勢太神楽を習って御神体の御供として奉納したものである。その際、盛岡藩の修験を地域単位で管理する年行事のうち閉伊郡を担当していた壽松院(盛岡において竹川稲荷の別当を勤めていた)によって、御神体を警護する年行司に任ぜられたといわれているということです。



盛岡藩七軒丁の活動が途絶えてしまった現在、年行司太神楽は七軒丁の実態をしのばせる生きた痕跡として貴重であり、藩政期における芸能に迫る手がかりとなるものであるということです。

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尾崎神社の祭典には常に行列最前で神輿を先導し、悪魔退散道々御旅所清浄守護職として先達露祓の大任を勤め、南部藩時代より 20年に一度の伊勢神宮式年遷宮にも奉納し、平成25年式年遷宮奉納行事では最終大トリの奉納 の大役を勤めたということです。

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通り舞は、御旅所などを清める舞で、 門打ちなどでも行う舞

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狂い獅子は、四方固め ・ 謡やぐら ・ 雲切り鈴舞・遊び・中腰・地すずり・悪魔祓い、の八つの所作を、一つの演目で行うもので、 奉納や縁故者宅における門打ちの際に行う舞

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2024.02.14 |

2024.02.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ虎舞

両石虎舞@2024第26回釜石郷土芸能祭

さて本日は、2024年2月4日に行なわれた第26回釜石郷土芸能祭から両石虎舞です。

両石虎舞の由来については当日パンフレットより

「両石虎舞は航海安全と大漁祈願として江戸中期から踊り始められたと伝えられています。
幾度の津波により地域全域の被害を被り、貴重な資料を多数失いましたが、 踊りの型は崩すことなく今日まで受け継がれてきました。
活動は主に両石まつり (厳島神社例祭)、 両石町の行事等で踊っています。
両石虎舞の踊りの型は、虎頭の振り方、 足の運び方、 又、 踊りながら踊り手が交代す るのが特徴です。
囃子は太鼓の音、透き通った笛の音色、そして拍子をとるには欠かせ ない手鉦金に声掛け (どうめ)、 といった踊り手と囃子が一体となりそして威勢良く虎頭 を振り、足は相撲での四股を踏むような形で踊るのが両石虎舞の特徴です。」ということです。



また、言い伝えでは、両石地区は古くから三陸漁場を臨む漁港として、また江戸時代後期には近代製鉄発祥の橋野高炉より出銑の船積み場として賑繁な漁港であった。祭礼時には岸から岸へ小船を並べ繋ぐ船橋を、神輿や威勢のよい虎舞や山車が渡る光景は、活気あふれる浜祭として好評を博したということです。

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子どもたちの笹踊り

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刺し鳥舞

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甚句

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最後の笹喰みは、揺れる笹を獲物に見立て、すり足をしながら笹に飛びかかる勇壮な踊りです。

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2024.02.13 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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