2017.04.24 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

愛宕神社春季例祭 奏楽・御堂まわり

さて本日は、土曜日勤務の振替で休みとなったので、秋田県大仙市南外愛宕神社の春季例祭に出かけました。

この神社の祭神は香具土大神と大山祇大神となっており、何やら鉱山との関連がありそうですが、明治維新以前の名称は何だったのでしょうか。

ともあれ、この集落の社稷であることには違いないと思います。



神事と神楽のことについて話を伺ったのは、この愛宕神社の宮司であります高橋久弥さんです。
ご丁寧に説明していただき感謝申し上げます。

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さて、本殿内で神事が始まったのは午前10時です。花火師が打ち上げ花火を上げるのと同時に打ち鳴らしが始まりました。

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祝詞奏上、玉串奉奠等で一通りの神事が終わると、神官たちは外へと出ていきます。

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宮司を先頭に太鼓笛に続いて御幣持ち、獅子頭を伴って本殿の周りを三回廻ります。


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御幣と獅子は本殿の四隅で祓いをします。

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それが済むと、一行は鳥居へ向かって進み、社地の堺で一礼です。
これも堺祭の儀礼と思います。

このあと、行列は神楽殿に入り、湯立神楽が始まりますが、それは明日以降のブログにて。

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動画でどうぞ。

2017.04.24 |

2017.04.23 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

梁川の種蒔桜と獅子躍と

さて本日は、休日にも関わらず仕事の合間に駆けつけました、奥州市江刺区梁川にある種蒔桜のイベントから獅子躍を。

このイベントは、江刺区の獅子・ほたるの舞う里梁川地域協議会主催の「種蒔桜さくらまつり」といい、4月22日から30日まで開催されているものです。

この桜の木は奥州市指定の天然記念物で、樹齢は400年を超えるとされ、地元の方に伺ったところ、水稲の種を播くのに昔は水苗代だったから、時期を外さないように種蒔桜の蕾が膨らんだら種を播くのだという伝承となっていたということです。

せっかくなので、梁川獅子躍の供養碑と種蒔桜の写真です。


ここは江刺梁川の栗生沢という地区です。
梁川金津獅子躍が伝承された地区そのもので、種蒔桜の側に供養碑があるとおり、
此処は伝承の根拠地です。
ここから数十メートル東には第10代庭元の平野家があります。
10数年前まではそこで毎年7月に始祖菊地太蔵の業績を偲んで「太蔵まつり」が行われていました。

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さて、獅子躍りです。
踊りの冒頭で、庭元さんから紹介がありましたが、盛岡市から梁川に綿羊を飼育しての農業をするために来た若い夫婦が踊り組に入会したということ。
そして今日が踊り披露の最初ということで、庭元のアナウンスでも大目に見てくださいという紹介がありました。

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この日の演目は礼庭です。
現在の中立は十一代目です。

私が梁川に奉職していたのは20年程前ですが、今日は出会う方々から「ご無沙汰してました」と挨拶され種蒔桜を楽しんでってけらいと声をかけられました。  いいな~梁川。人と人の繋がりが優しい。

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さて、獅子躍 
後半は、雌獅子の狂いに続いて中立ちの狂いです。

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最後は観客からご祝儀が上がったので、その返礼に「投げ草」が掛けられます。

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この日は、梁川地区のお祭りなので、獅子躍とともに5月3日に催行される江刺甚句祭りの42歳厄年連の皆さんとともに、地域を盛り上げて行きましょう!ということを熱く語り合う場にもなっていたようです。

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動画でどうぞ。

2017.04.23 |

2017.04.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

仙台東照宮神楽 巫女舞

さて本日は、仙台東照宮春祭りの続きで東照宮神楽の巫女舞です。

今回このお祭りを訪問する最大の目的は、仙台市内の神楽系統の一つである通町系の十二座神楽を鑑賞したいがためでした。

仙台市内には江戸時代から沢山の神楽がありましたが、その伝承系統から大きく分けて
 通町系
 丹波神楽系
 秋保混合系
が派生して行われてきたということです。(東北歴史博物館研究紀要2)

その通町系の元となった神楽は廃絶しているが、泉区名坂の二柱神社神楽、青葉区堤町天神社の神楽、石切町の瀬田谷不動尊の神楽もその流れである。
その中で、毎年春の祭りに奉斎する東照宮神楽は当時の形をよく残して伝承されている。



前出資料(東北歴史博物館研究紀要2)によれば、保持する演目は

 巫女舞、二人巫女舞、幣束舞、弓取り舞、一人種蒔き舞、二人種蒔き舞、鮒釣り舞、あんまとり舞、蛇切り舞、力だめし舞、つるぎの舞

となっているようです。

この日は、本祭での神楽奉納番組でしたが、神楽殿の前に書き出しが出されていましたので上演演目を確認することができました。

これによると夜神楽では蛇切りが上演されたようですが、私は都合でそこまでみれませんでした。
来年の課題とします。

             <番組書き出し中、個人名は伏せさせていただきました>

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さて、巫女舞です。

巫女舞の始源は、天照大御神が天岩戸に籠った時に、天鈿女命が興味を惹くために舞を奉じたことに発するということです。

なので、今日でも日本全国の神社で式礼の祭りを行う時は、何らかの巫女舞を最初に行うのが今日的通例となっているようです。


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神楽殿前に準備された鑑賞スペースには、もう既に満席の状態です。


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さて、神楽が始まります。

囃子方の調子は、仙南地方の十二座神楽と合わせて陸前浜の獅子舞等の軽快な音調が婚前と渾然となった感があります。




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この舞の説明として次の文が配布されましたので、参考までに

「巫女舞 文字通り、巫女の姿で鈴と扇を持って前後三回四隅に、そして四方を一廻りする。
まるで、お姫様が踊るような優雅な舞です、」

神楽舞も最高でありますが、この日をキメたと言わんばかりに、しずしすと散りゆく桜の花が、神楽の風情にひときわ趣向を添えたことが貴重な場に臨むことができた喜びになっています。


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動画でどうぞ。




2017.04.22 |

2017.04.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

仙台東照宮春祭り 満開の桜の木の下で

さて、本日は4月16日に訪問しました、仙台市のど真ん中に鎮座する仙台東照宮のお祭りに10年ぶりに出かけたので、その様子を書きます。

仙台東照宮は、その名のとおり御祭神は徳川家康公です。
当社の由来説明によれば、天正19年に徳川家康が葛西大崎視察を終えて、風光明媚なこの地を御祭神鎮座地と定めた。
その後、仙台二代藩主伊達忠宗公が仙台鎮護の守護神として東照大権現を祀るために幕府に願い出て、承応3年に完成したものという。



その後、明暦元年より9月17日を祭日に定めて神輿渡御や山車等の練り行列が壮麗を極め、仙台祭りとして幕末まで続いた。
これが今日の仙台青葉まつりの原型です。

写真は平成8年に訪問した際のものも混在しています。

現在では徳川家康公の命日4月17日に近い土日に宵宮と本祭が斉行されます。

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鳥居前の道路から随神門までの階段両脇には満開の桜が咲き誇り、沢山の市民が花見や祭り見物に訪れています。
境内では30店舗ほどの露店が立ち並び、賑わう中を神輿行列が拝殿へと進んできます。

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随神門までの階段は、花見の腰掛けともなり、随神門と反対方向を向くと、満開の桜と宮町の風景を観ることができます。

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神輿渡御に供奉するお囃子です。

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ところで、境内には沢山の露天が立ち並んでいますが、その中で趣のある店があります。
最初に訪れた際には何を作っているのか皆目見当がつかないほどでしたが、それが手焼きせんべいとわかると、何ともノスタルジックな味わいのある露天であることがわかり、思わず買って食べたのがこの「名物 芭蕉せんべい」です。
店先で焼き網で手焼きしています。
仙台地方の祭りではよくお目にかかるようですが、芭蕉の葉の形をしたうす焼きせんべいです。

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さて、拝殿前の境内では参拝しながら満開の桜をバックに記念写真を撮る客で溢れていました。

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そして、国重要文化財である随神門の脇には立派な神楽殿があり、午後2時30分から神楽が始まるというのでブラブラしながら神楽が始まるのを待っていました。

で、その神楽については明日のブログにて

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2017.04.21 |

2017.04.20 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

荒屋山伏法印神楽の権現舞奉納

さて本日は、江釣子神社春季例祭の火伏祭から御神幸と神楽です。

昨日記事で後免町鬼剣舞が奉納している後半で、神楽の笛鉦太鼓が聞こえてきました。

幟を先頭に江釣子神社のお神輿の巡行です。

江釣子神社の御由緒について

「嘉禄元年(1225)下江釣子に安妻宮禰誼の五郎という者(藤原五郎基常)がいた。彼の一子六郎は長く病に患って回復の様子がみえなかった。 ある夜「長瀬の渡船場西(鑓水の小屋板)で釣りをすれば病も治る」という霊夢があった。五郎はそれに従い和賀川で釣りをしたが何も釣れなかった。突然、河中が振動し光明が見えたので釣り糸を引き上げると、赤銅の観音像が針についていた。
五郎は、それを持ち帰り仮宮を造り祀った。間もなく六郎の病も全快した。
 これを聞いた領主の和賀式部大夫忠明は、すぐに堂を建立し、江瀬釣光大明神として祀り、和賀家の御祈願所と定めた。また五郎には江釣子の姓を与えた。その後、十一代江釣子民部の時、岩崎城の戦いがあり堂も消失した。
 宝暦2年(1752)社殿を再興し江釣子大明神として祀られ現在に至っている。」(岩手県神道青年会HPより)

なかなか面白い発祥譚です。それで江釣子という地名になったのでしょうか。



さて、その江釣子神社の祭礼に奉納しているのが荒屋山伏法印神楽です。

由来は次のとおり

「三月田山伏神楽の継承者であった高橋嘉蔵から藤田九兵エ・藤田定助・藤田浅之助・小笠原政衛門の4名が神楽の指導を受け、更に昭和5年(1930)に当地区へ養子に入った菊池梅蔵が加わり荒屋神楽として活動を開始しました。この年から江釣子神社火防祭に参加。
以来今日まで春の火防祭、秋の神幸祭に参加しています。
  昭和61年(1986)、神楽の旗を作成するにあたり江釣子神社の江釣子秀保宮司から荒屋法印神楽と命名していただき、現在に至っています。」(えづりこ散策マップHPより)

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春先の火伏祭には様々な信仰習俗が伝承されていますが、ここ北上地方では華やかな山車とともに、火伏祈祷の神事や民俗芸能が多く残されています。
ただ単にパフォーマンス的な舞や踊り等ではなくて、本来の切実な祈りや願いが込められた地域ぐるみの祭礼習俗といえます。
ここでも段々参加地区が減少していると聞きました。
長く継承されていくことを望みます。

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動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.04.20 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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