2017.10.16 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

嵯峨立神楽 笹結び @第40回平野神社神楽大会

さて本日は、第40回平野神社奉納神楽大会から嵯峨立神楽さんで笹結びです。

嵯峨立神楽さんの由来については次の通り

「嵯峨立神楽は、修験道賀多羽流と称し弘化年間(1844~ 48)嵯峨立普慶院第二十四世佛心得宗大和尚により伝承されたと言われていますが、中田町上沼八幡山にある「上沼加茂流法印神楽」の由来書には、江戸時代中期、中田町内にある六ヶ院の法印たちにより神楽を執行し、文化・文政の頃には、東和町錦織や嵯峨立の法印も加わり十三ヶ院で神楽を演じていたとの記述があり、現存する古い神楽本には上沼や浅部の法印神楽と同じ演目が残されています。
明治初年、神仏分離令により修験宗が解体され、法印神楽の継続が困難となり、明治初期に当時流行していた南部神楽を取り入れ変容したものと思われます。
他の南部神楽では決して演じることのない法印神楽のみに伝わる「笹結び」や「宇賀玉」などの演日が嵯峨立神楽には伝承されており、法印神楽の芸風を色濃く残したきわめて貴重な南部神楽となっています。」

ということです。
現在の代表は千葉和広さんです。



笹結びの筋立ては当日プログラムより
「神代の昔、日本が創生された頃の神話を「古事記」がもとになつている。高天原より海原を指して「フジオイクミノ神」が舞い降りた。フジオイクミノ神はある心配事がありそれを何とかしようとやつてきた。
「伊邪那岐」「伊邪那美」により作られた大八島ケ国の神国(日本)はもともと何もない島国だつたが、動植物をはじめ様々な生命が作られ、そしてそれを治める東西南北の鬼沙門とともに春夏秋冬を定め豊かな国とした。
しかしこの島には善い気とともに悪い気も集まり「五鬼大神」という胴体は一つ、頭が5つある悪鬼神が生まれてきてしまった。
この悪鬼神により神国が滅ばされてしまうことをフジオイクミノ神は心配し悪鬼追討の勇将と呼び名の高い「田中大三四天神徳丸」を呼び寄せて神国へ渡り五鬼大神を討伐するように命じた。四天神徳丸はすぐに神国へ渡り、五鬼大神を激しい戦いの後、討伐した。四天神徳丸は悪鬼の呪いを封じるため、神国の平穏を唱えて去っつていく場面。」

幕上げがあります。法印神楽由来の嵯峨立神楽ですが、南部神楽を踏襲するなかで混交してきたようです。

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最初にツケ役が出て、天地開闢の言われと伊弉諾伊弉冊の国産みの話を述べる。
そして、国造りに禍をなすという五鬼大神を討ち取るものはいないかと、神を呼び寄せる。

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それに応じた田中大王が荒々しく登場する。

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続いて五鬼大神が現れて神戦となるわけだが、

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本来の笹結びでは舞台を降りて客席の間や、神社境内を走り回っての戦いを演じますが、この日は神楽大会で時間制限もあるので舞台上のみとなりました。

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最後には五鬼大神を退治し、首を取って幕入りとなる。
流れ神楽の本領発揮といった一幕です。

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動画でどうぞ。

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2017.10.16 |

2017.10.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

白浜神楽 「神分れ舞」@第40回平野神社奉納神楽大会

さて本日は、第40回平野神社奉納神楽大会から白浜神楽さんで神分れ舞です。

その前に、白浜神楽さんの由来について、岩手日報社刊「いわての郷土芸能」より

昭和45年、(一関市花泉町)白浜地区の隣組七人で白浜神楽会を結成。栗駒の佐藤佐吉氏を師匠にして白浜神楽を創設した。
白浜神楽は同じ花泉町の大門神楽から指導を受け、その演目の再現に力を入れている団体です。
また、同じ花泉町の大門神楽の菅原譲から大門神楽の真髄を学び、今では貴重な舞い方を残す神楽団体となっています。

現在の代表は千葉良夫さんです。



神分れ舞とは、伊邪那岐尊が子供神達の所領を取り決めて、それぞれ治めよと命じた神話です。

最初に伊邪那岐尊が日本の国の成り立ちを説明します。
翁役は千葉良夫さんですが、この日の声の部演技賞を受賞しています。

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そこへ、天照皇大神が呼び出され、天上を治めよと命じられます。

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次に月読尊が呼び出され、大海原を治めよと命じられます。

ところで、月読尊が海を司るのは、月の満ち欠けと潮の干満が関係していると考えられてきたことかと思料します。
閑話休題

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最後に素戔嗚尊が呼び出され、天が下を治めよと命じられます。

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めでたく配分が決まったところで、千代の御神楽崩し舞です。

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動画でどうぞ。


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2017.10.15 |

2017.10.14 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

狼ヶ志田神楽 石川悪右衛門合戦 @第40回平野神社奉納神楽大会

さて本日からは、今日行われました第40回平野神社奉納神楽大会のリポートとなります。

ここ平野神社は、栗原市若柳に鎮座し、祭神は大鷦鷯天皇(仁徳天皇)ということです。山城国から勧請した神社ですが、維新前は「平野山若柳寺」と稱して羽黒派明学院であったということです。現在の若柳の地名のもとになっているということです。
敷地に新しい道路がかかるということで移動したので、今回が遷座20周年記念行事ともなっているようです。

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さて、そんな訳で神楽大会です。
審査結果は次のとおりでした、受賞チームの皆さんおめでとうございました。

優勝  栗原神楽(2年連続)
準優勝 長下田神楽
第3位 達古袋神楽
努力賞A 赤谷神楽
努力賞B 鶯沢神楽
団体奨励賞 白浜神楽
最優秀特別賞 佐藤 敬(栗原神楽)
演技賞 舞の部 佐藤 寿恵(大森神楽)
演技賞 声の部 千葉 良夫(白浜神楽)
演技賞 太鼓の部 小岩 弘征(達古袋神楽)
審査員特別賞  菅原 菜緒(鶯沢神楽)
   〃      水谷 徳秋(館下神楽)
宮司特別賞 佐藤 章(阿久戸神楽)

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ということで、トップバッターは、岩手県奥州市の狼ヶ志田神楽さんによる石川悪右衛門合戦です。

その前に、狼ヶ志田神楽さんの由来について(南部神楽系譜調査報告書より)

「狼ヶ志田神楽は、文久元年神楽の祖、菅原甚太郎、菅原新右エ門、菅原今朝吉、小野寺長蔵等が、小山、中沢神楽の本庄板太郎より山伏神楽を伝授された。
明治二十五年十一月、菅原甚太郎が上昼沢佐藤家を通して達古袋と縁組をしたことから、西磐井郡萩荘村達古袋阿部徳太郎、小岩彦三郎両師匠より達古袋神楽を伝授された。
達古袋神楽は、達古袋に永住した羽黒山系山伏一七代元道常学院相模坊が指導したと言われる。
大正五年二の台、養ヶ森、大正八年恩俗、衣川雲南田等に狼ヶ志田神楽を伝授している。
明治二五年初代庭元菅原甚太郎より昭和四四年九代庭元青沼松男に引継がれている。」

現在の代表jは高橋先雄さんです。
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さて演目は安倍保名に関するものです。
が、狼ヶ志田神楽さんの保名演目は、先日の胆江神楽大会での上演が40年ぶりということでした。

安倍保名が歴代の家系の再興を願って泉州信田の明神に参詣するところから始まります。

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そこへ、父親の病気平癒を祈願しに来た石川悪右衛門が病平癒の妙薬は狐の生肝と知り、狐を追い詰めますが、保名の陣幕周辺で見失います。

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石川悪右衛門が追い詰めた白狐は、難を逃れるべく信太の森にくると安倍保名の陣屋にあたります。

石川悪右衛門一統はこれを退治せんと追いかけて、安倍保名の陣屋にたどり着きます。

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そこで、白狐をめぐって両者の対立となり刀を抜きます。

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そこへ白狐が変化した藤倉僧正が姿を現して、両者の取り持ちをなして場を鎮めます。

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動画でどうぞ。


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2017.10.14 |

2017.10.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

行山流口内鹿踊 回向、礼庭 浮牛城祭り

さて本日は、北上市の口内鹿踊についてです。

といっても、この口内町の祭礼行事の写真は平成22年のものです。
浮牛城祭りは、ここ口内が江戸時代は伊達藩の領地最北の要害で、5代藩主伊達吉村獅山公が、享保12年(1728)奥郡巡視で、口内に来訪した。その時の様子が 古絵図にあり「獅山様御成の頃浮牛館ト呼玉フ」とあることから浮牛城の故事を再現するイベントということです。



今でこそ岩手日報の広告記事にもなるような祭典になりましたが、この当時は本当にマイナーなイベントで見に行くのも苦労した次第です(すみません)

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さて、口内鹿踊さんが入り込むと状況は一変します。
祈願所樹、五穀豊穣等の起請文が唱えられます。


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先日口内鹿踊の中立さんが鬼籍に入いられました。
謹んで追悼の意を表する次第でブログ掲載いたします。

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動画でどうぞ。


2017.10.13 |

2017.10.12 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

砥森神社例祭 神輿渡御 mm1門打ち

さて本日は遠野市の秋祭り巡りの3つ目、宮守町鎮座の砥森神社例祭です。

祭りポスターには「冷夏克服実りの秋に感謝」とありますが、まさしく今年は冷夏で稲が稔らないのではないかと心配されましたが、9月に入ってなんとか持ち直したようで、収穫の感謝祭といった次第でしょうか。



遠野の祭りから移動してきたので、午後の駅前以降の追っかけでした。

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宮守の町中を練り歩き、次の御旅所「みやもり・リバーサイドショッピングタウンmm1」へと進みます。

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鹿込神楽さんの神楽から始まりました

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続いて各町内の御神輿

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子供たち中心の神輿担ぎのようです

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下郷さんさ踊りです 地元で見たのは10年ぶりぐらいか

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さて、御神輿はmm1を最後に神社へと帰ってきました

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ところが、宮入の前に、神輿行列が神社下の広場を三回巡りました。
何でも、以前はここに神社が建っていたので今でもここを還御祭事の場所としているようです。


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稲穂の田園を背景に、日本の秋祭りといった風情たっぷりの砥森神社例祭でした。満足!

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動画でどうぞ。

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2017.10.12 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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