2017.10.03 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

新里念仏剣舞 四番庭 @ 第51回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、第51回胆沢郷土芸能まつりから新里念仏剣舞さんの四番庭についてです。

その前に新里念仏剣舞さんの由来について

「明治9年化粧坂念仏剣舞の石川勇三郎・村上善太郎の両氏より鴫田の千田新左衛門等が伝授されて始まりました。
今なお、高館物怪独特のものと思われる念仏を唱えてから踊り始めるという形を崩さずに実行しています。
新里念仏剣舞が伝える剣舞の由来は2つあります。
一つは、今から1000年以上も前の平泉・達谷にまつわる赤頭悪路王と坂上田村麻呂の伝説に基づくものです。
もう一つは、大同3年出羽・羽黒山の法印山伏が、お堂にこもって念仏謹行していると、ある夜2人の老人が現れ、衆生済度の要は踊りの面白さをとおして導く方法が最善であると教えられ、その踊りと囃しを伝授されたことに始まるというものです。」

ということなそうです。現在の代表は菅原久さんです。



新里念仏剣舞の保持演目は一番庭、二番庭、三番庭、四番庭、一人怒物、三人怒物、八人怒物等となっている。

この日の四番庭は鬼が抜刀して勇壮に舞うのが特徴という。

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この日は、大人たちの踊り手に混じって小学校5年生と6年生のこどもたちが見事に踊っていました。

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新里念仏剣舞の伝書にかくあり

「さて、遊びの由来を委しく尋ね奉るに、釈迦如来の御方便まで多宝仏現し給ひて、七月十四日に壱百参拾六地獄の釜の蓋開く間に亡者を弔い、然れども獄卒慰まんが為に五百羅漢が太鼓笛鉦の拍子で踊りを始め給ふ也。
また、施餓鬼は目蓮尊者の始め給ふ。一度死した人間に還ることなければかくように弔い候えと。
との心地、師匠親兄の冥加の為にて候、委しくは盂蘭盆教に見えたり」

つまり、念仏剣舞は盂蘭盆に先祖供養を中心とする諸霊慰撫の芸能だということがわかります。

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太刀入りとして「狂をもって四人躍口伝あり」としている。
ともあれ、勇壮な中にも華やかな趣をもつ四番庭でした。
子供たちはよく頑張りました。

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動画でどうぞ。


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2017.10.03 |

2017.09.28 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

南下幅念仏剣舞 回向念仏・一番庭 @ 第51回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、第51回胆沢郷土芸能まつりから南下幅念仏剣舞さんで 回向念仏と一番庭です。

その前に、南下幅念仏剣舞の由来について

「巻物園鏡傅によると、大同三年、出羽の国 羽黒山峰中権大僧都善光院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂にこもり念佛勤行をしている時、ある夜こつ然と二人の老翁が現れて「衆生済度の近道は舞踊の面白さを知らしめた上に導くことにある」と諭された。それに対し彼の法印は「しからば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて踊り始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。とあり、この踊りこそ念仏剣舞の始まりとされている。
以来絶やすことなく保存会を結成し伝承されている。胆沢区内では、八団体の剣舞が指定されているが、他の団体と比し一般的にテンポがゆったりしており、それだけ「力み」があると言われている。」

とありますが、現庭元は高橋哲也さんです。

南下幅念仏剣舞は伝書は失われたものの寛政年3年に文化14年に渡辺甚四郎から卵太郎に伝授され、以降連綿と伝承されてきたということです。源流は衣川の高館物怪といわれ、他の胆沢の念仏剣舞と同じく念仏胴取りとカッカタがつくことが特徴です。

胴は代表の村上厚志さんです。



最初に回向の念仏から始まります。

 光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨 発菩提心 往生安楽国 

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一番庭は「扇の舞」ともいわれ、六字名号(南無阿弥陀仏)を唱えながら先祖供養、家内安全等を願い踊られ、庭ものとしては一番長いものとなっているという。

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輪踊りになりますが、実はこの日の南下幅剣舞では、同じ胆沢の神楽団体である狼ヶ志田神楽のメンバーが舞手として加わっています。何でも胆沢町民劇場での共演が縁で、神楽の面を置いて剣舞も稽古を重ねての出演とのこと。
しかし、剣舞の面コをかぶってても、どの鬼が彼なのか私にはわかりました。特徴ある・・・。

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舞の最後は、蛇面と白面の狂いで舞い納めます。

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動画でどうぞ。

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2017.09.28 |

2017.09.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

市野々念仏剣舞 刀引き・カッカタ怒物 @第51回胆沢郷土芸能まつり

さて本日からは、9月10日に奥州市胆沢区の胆沢文化創造センターで開催されました第51回胆沢郷土芸能まつりのリポートです。

その前に市野々念仏剣舞さんの由来について

「明治10年、上衣川大平の高橋萬左衛門から市野々の阿部七右衛門、安倍長蔵が伝授され、明治44年に両名から安倍五八郎へ相伝した。曲目には先剣舞、刀引き、引き剣舞の三種が表芸としてあるという。他に一人怒物、三人怒物、八人怒物、モミデがある。」

現在の庭元は七代目の高橋広昭さんです。



最初に道中で庭入りします。

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最初に廻向念仏、胴取の2名が太鼓の曲打ちをします。

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跳子(舞手)は八人で、胸当ての「若」の字は、市野々地区が胆沢区若柳にあることから

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演目の刀引きは、抜刀して勇壮に舞うもので、剣をもって邪悪の鬼神を祓うという。
最後には、一ケンベエ二人の狂い踊りで終わる。

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先剣舞の後に、カッカタと云われるサルコ(釈迦如来の化身)が出て一人舞となる。

先剣舞の最後に二人狂いの鬼が床に☓状に置いた金剛杵を、軽やかに足を交差させながら踏み込む。
これは、六三の足次に似ているような感じがする。

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動画でどうぞ。

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2017.09.26 |

2017.09.25 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

田代念仏剣舞 2017 やまびこフェスタ

さて、本日は9月3日に宮古市川内の「道の駅」やまびこ館で開催されたイベントから田代念仏剣舞です。

このイベントは初めての訪問でしたが、田代念仏剣舞と川井のおいしいものを食べるのが目的で行って参りました。
屋外ステージでは、南部木挽唄全国大会が行われておりました。そちらも楽しんで来ました。



田代念仏剣舞について、岩手県民俗芸能誌から参照します。

「旧門馬村(現宮古市門馬)の田代に伝承され、阿修羅踊りとも称している。
田代の去石部落の去石仙仁門が仙台の七北田に酒稼ぎに行っていた間に習い覚えて巻物を授与されたと言われているが、踊りの方はむしろ青森県の剣舞に似ている。」

とあります。起源は文化年間(1804~1817)と伝えられている。

現在の保存会は25人で胴取2人、鉦2人、笛2人とその他は踊り子となっていて、代表は黒澤勝志さんです。

去石は国道106号線の松草駅と区界駅の中間地点を北方に少し入った所に位置する。
道端には安政3年の銘がある南無阿弥陀仏の石碑がある。
毎年旧盆の15日には踊り組はこの碑の前で供養をし、次いで庭元の家で踊ったのちに初盆の家々を回向して回るという。

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剣舞の構成は、先太鼓1に後太鼓1。鉦摺り2,笛2と続く。
踊り手は10名ほど。 他に讃声をかける者を配す。

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田代念仏剣舞が保持する演目は、「庭ならし」「ななつもの」「城まわし」「廿七」「廿三」「高館」「五十五」「七十三」「あや踊り」「みたつくり」「礼踊り」「回向」この他に供養碑の前で踊る「みはか踊り」「四ツ踊」がある。

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また、田代念仏剣舞では盂蘭盆の行事に「巻物開き」というものがあるという。

盆の15日に供養塔前でみはか踊りを奉納した後は集落の初盆の家々を巡って「門打ち」を行う。
そして、その日の夕刻に座敷の仏壇の前に踊り手が座ったまま扇を動かしながら踊る。
その後で剣舞の由来等が欠かれた巻物が取り出される。
これを順に拝見するために、その集落の有力者や家人等が長い巻物に沿って並び、回しながら巻物を拝見するという行事がある。

何やら武士道めいた感じがしないでもないが、ともあれ念仏剣舞の作法としてこのような秩序だった様式が現在まで伝えられていることに感嘆せざるを得ない。

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そして更に、巻物開きが終わった後は、地区の集会所で会食をし、田代さんさ踊りと一緒に夜遅くまで様々踊り明かしたということである。

正に集落の祖霊を皆で祀ることが集落の紐帯を強く束ねる基だったのだと思う。

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最後に礼踊り

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動画でどうぞ。

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2017.09.25 |

2017.09.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

片岡剣舞 @みちのく盂蘭盆まつり

さて、本日は奥州市江刺区で毎年開催されています「みちのく盂蘭盆まつり」から片岡剣舞さんです。

由来等については「江刺の芸能」から引用します。

明治16年10月に、江刺郡愛宕村駒込から伝承された。(駒込の剣舞については不明)
伝承の品として「片岡剣舞秘伝書」があり、毎年お盆の15日に根岸地区内の初盆の家と正重寺を廻って回向をあげる。

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伝承している演目は、三拍子、七拍子、十七拍子、三十三拍子がある。
それにしても、江刺の剣舞の跳人胴は、まるで大念仏のような重厚感がある。



江刺の剣舞は、すべて立采の羽根采である。ので、伝承経路としては門岡系ということができるのかもしれない。
距離的には胆沢系の念仏剣舞と大差ないが、やはり平安時代からの国見山文化圏ということなのだろう。

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ところで、この片岡剣舞には道化がついている。
この道化は、胆沢系でいうところのカッカタの役目をしている。
道化らしく始終廻りの観客や子供たちにチョッカイを出して回っていた。
が、最後は熟達者としての面目で踊り手を代表して位牌に香を手向けていた。

江刺の念仏剣舞では、子供たちが踊り子を担っていることが多いが、片岡では成年男子が踊っていて、勇壮な中にも念仏供養の意味合いが深い芸能となっている。

最後にこの家の当主から祝儀がだされたので、それに対して投草で答礼していた。
この辺のやりとりは芸能大会ではお目にかかれない部分である。
機会があったら正重寺での墓回向を見に行こうと思っております。

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動画でどうぞ。

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2017.09.08 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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