2017.04.19 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

御免町鬼剣舞 @江釣子火伏祭

さて本日は、江釣子神社春季例祭の火伏祭の続編です。
ほんとに行き当たりばったりでうろついていると、鬼剣舞の皆さんが空き地に集まってきたので寄って話を伺うとこれから奉納するというので、早速飛びつきました。
御免町鬼剣舞の皆さんです。

お話を伺うと、この日は朝から夕方まで地区内を門付けして歩くということ。
この奉納があると春が来たなという感じなのだとか。



江釣子八区の天照御祖社での奉納です。

まずは、神名が刻まれた巨岩の前で神社拝礼念仏をあげます。

〽 参り来て これの身号を拝すれば 諸願成就と 建てた堂なり 南無阿弥陀仏

IMG_2497_201704192150365e0.jpg

続いて、二番庭。
神社に参拝する際に、最初に振り込む舞ということです。

〽 デント デンガラ シャンシャンシャン の拍子で「出掛かり」で舞い込む。

IMG_2499_20170419215038eae.jpg

扇を回しながら軽やかに舞う姿は、正に春の訪れを寿ぐに相応しい剣舞といえます。

・・・と、、剣舞の拍子に重なるように、もう一つ別の拍子が聞こえてきましたが、それは明日のブログで。


IMG_2504.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.04.19 |

2017.03.29 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

市野々念仏剣舞 先剣舞・カッカタ怒物@第50回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、第50回胆沢郷土芸能まつりから市野々念仏剣舞さんで、先剣舞・カッカタ怒物です。

その前に市野々念仏剣舞さんの由来について

「明治10年、上衣川の高橋左衛門から市野々の阿部七右衛門、安倍長蔵が伝授され、明治44年に両名から安倍五八郎へ相伝した。曲目には先剣舞、刀引き、引き剣舞の三種が表芸としてあるという



最初に胴取の2名が舞台中央に立ち、廻向念仏を上げながら太鼓の曲打ちをします。

IMG_2198.jpg

ついで、刀舞が勇壮な先剣舞にと入っていきます。

IMG_2204_20170329194830730.jpg

念仏剣舞と称するとおり、お盆期間中は自らのことより浜の各屋敷から初盆等の祖霊慰撫、また一家の屋敷の災厄乗除や、家族のむb表息災、果ては商売繁盛までも祈祷して回る。

IMG_2211.jpg

先剣舞の後に、カッカタと云われるサルコ(釈迦如来の化身)が出て一人舞となる。

先剣舞の最後に二人狂いの鬼が床に☓状に置いた金剛杵を、軽やかに足を交差させながら踏み込む。
これは、六三の足次に似ているような感じがする。

IMG_2218_201703291948335b9.jpg


動画でどうぞ。


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.03.29 |

2017.03.28 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

新里念仏剣舞 四番庭@第50回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、第50回胆沢郷土芸能まつりから新里念仏剣舞さんで、四番庭です。

その前に新里念仏剣舞さんの由来について

「明治9年化粧坂念仏剣舞の石川勇三郎・村上善太郎の両氏より鴫田の千田新左衛門等が伝授されて始まりました。
今なお、高館物怪独特のものと思われる念仏を唱えてから踊り始めるという形を崩さずに実行しています。
新里念仏剣舞が伝える剣舞の由来は2つあります。
一つは、今から1000年以上も前の平泉・達谷にまつわる赤頭悪路王と坂上田村麻呂の伝説に基づくものです。
もう一つは、大同3年出羽・羽黒山の法印山伏が、お堂にこもって念仏謹行していると、ある夜2人の老人が現れ、衆生済度の要は踊りの面白さをとおして導く方法が最善であると教えられ、その踊りと囃しを伝授されたことに始まるというものです。」

ということなそうです。現在の代表は菅原久さんです。



新里念仏剣舞の保持演目は一番庭、二番庭、三番庭、四番庭、一人怒物、三人怒物、八人怒物等となっている。

この日の四番庭は鬼が抜刀して勇壮に舞うのが特徴という。

IMG_2175.jpg

この日は、大人たちの踊り手に混じって小学校4年生と5年生のこどもたちが見事に踊っていました。
頭の上の采がポンポン玉みたいで可愛いですね。

IMG_2177_20170328205830d68.jpg

また、新里念仏剣舞の伝書「遊びの由来」にかくあり

「さて、遊びの由来を委しく尋ね奉るに、釈迦如来の御方便まで多宝仏現し給ひて、七月十四日に壱百参拾六地獄の釜の蓋開く間に亡者を弔い、然れども獄卒慰まんが為に五百羅漢が太鼓笛鉦の拍子で踊りを始め給ふ也。
また、施餓鬼は目蓮尊者の始め給ふ。一度死した人間に還ることなければかくように弔い候えと。
との心地、師匠親兄の冥加の為にて候、委しくは盂蘭盆教に見えたり」

つまり、念仏剣舞は盂蘭盆に先祖供養を中心とする諸霊慰撫の芸能だということがわかります。

IMG_2180.jpg

太刀入りとして「狂をもって四人躍口伝あり」としている。
ともあれ、勇壮な中にも華やかな趣をもつ四番庭でした。

IMG_2194_201703282058265d2.jpg

動画でどうぞ。


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.03.28 |

2017.03.25 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

南下幅念仏剣舞 念仏廻向・刀剣舞@第50回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は第50回胆沢郷土芸能まつりから南下幅念仏剣舞さんで「念仏廻向・刀剣舞」です。

その前に、南下幅念仏剣舞の由来について

「巻物園鏡傅によると、大同三年、出羽の国 羽黒山峰中権大僧都善光院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂にこもり念佛勤行をしている時、ある夜こつ然と二人の老翁が現れて「衆生済度の近道は舞踊の面白さを知らしめた上に導くことにある」と諭された。それに対し彼の法印は「しからば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて踊り始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。とあり、この踊りこそ念仏剣舞の始まりとされている。
以来絶やすことなく保存会を結成し伝承されている。胆沢区内では、八団体の剣舞が指定されているが、他の団体と比し一般的にテンポがゆったりしており、それだけ「力み」があると言われている。」

南下幅念仏剣舞は伝書は失われたものの寛政年3年に文化14年に渡辺甚四郎から卵太郎に伝授され、以降連綿と伝承されてきたということです。源流は衣川の高館物怪といわれ、他の胆沢の念仏剣舞と同じく念仏胴取りとカッカタがつくことが特徴です。

昨年の10月16日には二百年追善供養祭とともに巻物伝授式が執り行われました。
更に、33年ぶりに庭元の継承があり、三十四代目の庭元高橋哲也さんに引き継がれました。

この日の胴取は、先代となった高橋孝さんです。




最初に廻向の念仏から始まります。ハネドと呼ぶ少女二人が太鼓を曲打ちします。

 光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨 発菩提心 往生安楽国 


IMG_2117_20170325123340f32.jpg

鬼たちは最初から抜刀して輪踊りで、引き念仏から舞います。
刀剣舞は別称を宝剣の舞とも言われるそうです。

IMG_2124_20170325123341a2e.jpg

刀合わせのバックで照明がクロスしてます。カッコイイなぁ。

IMG_2127.jpg

最後は二人の狂いの舞になり、刀を地面に置いて、二人で腕を組んだり背中合わせになって踊ります。

IMG_2129.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.03.25 |

2017.03.24 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

大畑平念仏剣舞 本剣舞@第50回胆沢郷土芸能まつり

さて本日は、第50回胆沢郷土芸能まつりから大畑平念仏剣舞さんで本剣舞です。

大畑平念仏剣舞さんは「胆沢の民俗芸能」にも表出はしていないが、昔から朴ノ木沢念仏剣舞と同等の活動をしてきているようです。


当日配布のチラシによると

明治15年 渡辺亀太郎を庭元に朴ノ木沢剣舞の支部踊組として始まる。
大正10年 朴ノ木沢剣舞の女剣舞としての形が確立。
昭和49年 渡辺庄市を庭元として再興
昭和60年 「大畑平念仏剣舞」として再出発
現在は、4代目の庭元を中心に14名の女性会員で組織しています。

ということです。



最初に廻向と胴取の跳ね胴です。

IMG_2104.jpg

本剣舞は、高館物怪とも阿修羅踊りとも称される演目で、念仏剣舞の中でも特に重要な部分です。

IMG_2092.jpg

そして、更に重要なのが赤い装束に猿面をつけたサルコです。

民俗芸能では、しばしば猿が重要な役目を持つ登場者として表出されます。
それは、神仏の化身であったり、人間の善意や滑稽味の比喩としてのそんざいであったり、とにかく見るものを楽しませる存在として観衆に対して提示されてきました。
そして、その装束がいわゆる厄払いの赤色の装束を纏っているのだから益々その験力が誇示されます。

IMG_2113.jpg

そうした中で、様々な障碍に苦しむ亡者たちを済度するために神仏が折伏し、結果鬼神がやがて衆生を鎮護する守護神jへと変容しながら民衆を救うのだということを教え諭すことを目的としたであろうことが理解できます。

打ち続く戦乱、飢饉、苛烈な重税に等に喘ぐ民衆が、何かに縋るべく気持ちを念仏に寄託し、ひいては念仏剣舞を踊る、あるいは接することにより、その功徳を受益することを願いながら、そして念仏唱和しながら踊りを見つめていたのだろうと思うのである。

IMG_2114.jpg

動画でどうぞ。

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2017.03.24 |

«  | ホーム |  »

プロフィール

祭りの追っかけ

Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -