2018.06.19 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

鶯沢神楽 敦盛・玉織姫別れの場 @ 第14回神楽共演石越大会

さて本日は第14回神楽共演石越大会から鶯沢神楽さんで敦盛・玉織姫別れの場です。

その前に、鶯沢神楽さんの由来について定本より

「明治初年、玉井豊之助、小野寺久五郎の両人が世話人となり、岩手県西磐井郡萩荘村達古袋神楽の師匠を招き、神楽の伝授を受け日向神楽を創設した。
戦前、戦後舞方が少なくなり中断していたが昭和三九年、町教育委員会が郷土芸能後継者養成講習会を開催した。講師は小野寺捨男、小野寺東策の両師匠の指導であった。
これを機に鴬沢神楽保存会を組織し現在に至る。
なお、明治一八年、二○年の二回にわたり、伊勢神宮に神楽を奉納したという。
また、大正年間、田谷神楽(江刺市愛宕)の指導をしたともいわれている。
初代庭元玉井豊之助、現在の庭元岸湊は六代目である。」

ということです。現在の代表者は高橋長人さんです。



源平の雌雄を決する戦場一の谷の陣屋に、若き夫の平敦盛を尋ねきた妻の玉織姫

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無冠の太夫平敦盛は戦場に女が来ることは武士の道に悖ると帰そうとします

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ところが、若妻玉織姫には七月半の身籠りありと聞かされ、せっかく断ち切ったこの世への未練がいや増すことになってしまう。
そこで子供が男の子なら黄金造りの短剣を、女の子なら十一面観音菩薩を肌の守りとするようにと渡します。

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この度の戦に遅れては後日の不覚末代の恥辱なり、よって先陣つかまつる、汝我が討ち死にと聞きなば何処へとも逃れ落ち延びて安産なすべし、とて縋り付く玉織姫の手を払って出陣していきます。

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2018.06.19 |

2018.06.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

長下田神楽 金売吉次兄弟鏡ヶ宿の場 @ 第14回神楽共演石越大会

さて本日は第14回神楽共演石越大会から長下田神楽さんで金売吉次兄弟鏡ヶ宿の場です。

その前に長下田神楽さんの由来について

明治26年(1893)、岩手県西磐井郡花泉町の上油田神楽の南部神楽師 佐藤和三郎を師匠に招き、五穀豊穣を祈願して「橋向神楽」として創設されましたが、その後、二つに分かれ、昭和24年(1949)池田清治を師匠に「長下田神楽」として継承され、現在に至っています。
昭和23年に保存会が設立され平成17年に登米市無形文化財に指定されています。
保持する演目は(神代三十三番)地割、宮鎮、七釜、棟上、庭鎮、初夜榊、宝剣、龍殿、普勝、七五三切、王ノ目、魔王、地讃、荒神、五大龍、湯引、帝童、笹結、薬師、三番叟、大乗ノ下、天王、正足、神拝、神招舞、後夜榊、蕨折、岩戸入り、岩戸開き、鐘巻、鬼門、橋引、権現
(神代三十三番外)神おろしの舞、八幡舞、雛之川舞、西の雲(鳥舞)、御室焼、天神七代、地神三代、彦火火出見尊、水神明神舞、天孫降臨
(狂言)牛若丸鞍馬破り、朝見ずの里、源義経東下り、屋島合戦、一の谷合戦、熊谷直実敦盛首取りの場、石童丸、待賢門の戦、信田が森安倍保名子別れの場、
となっています。大乗神楽の演目もかつては演じていたということのようです。

現在の代表は猪股一雄さんです。



演目は都から奥州へ戻る金売吉次一行の荷物に目を付けた大盗賊の熊坂長範が吉次兄弟とを襲う場面で、宿に居合わせた牛若丸が助太刀するという話です。

鞍馬山で修業を終えた牛若丸が平泉へ行く途中に近江鏡ヶ宿に泊まります。

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そこへ同じく奥州平泉めざして金売吉次兄弟が通りかかり、日もくれて宿を取ります。

長男 金売吉次です

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次男の道化役 吉内です

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三男の大道化の吉六です 今日もフットワーク軽いです

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そこへ噂を聞きつけた熊坂長範が財宝を狙って寝床に押し入ります。

ところで熊坂長範は、平安時代の伝説上の盗賊ですが、様々な語り物等に取り入れられ、幸若舞の烏帽子折や、謡曲の烏帽子折、熊坂などで演じられてきました。源義経とともに人気のある登場人物として広く知られ、それにつれて様々な物語が作られるとともに実在の人物であったかのように各地に伝承が残されるようにもなりました。

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もちろん、奥浄瑠璃にも登場し、義経相手に丁々発止の決闘を演じています。そして、南部神楽にもその活劇が継承されて今日の人気を博しているわけです。

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見事盗賊を退治して、、ともに奥州平泉を指して道行きとなります。

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2018.06.18 |

2018.06.17 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

沢辺神楽 秀衡桜狩りの場 @ 第14回神楽共演石越大会

さて本日は第14回神楽共演石越大会から沢辺神楽さんで秀衡桜狩りの場です。

その前に沢辺神楽さんの由来を「栗原伝統伝承芸能記録保存」より抜粋

「昭和49年11月、沢辺地区と姉歯地区の有志6人が集まって斎藤憲雄が庭元となり、城生野神楽の熊谷勤師匠を講師として迎え、黒沢流南部神楽を習得した。
昭和53年に栗駒文字駒堂神楽の師匠菅原金雄氏に師事し山谷流の鶏舞を習得した。」

ということなそうです。現在の代表は佐藤忠一さんです。



物語は、奥六郡の主である藤原秀衡が花見の祝宴をしている場面から始まります。

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そこへ金売吉次がしずはた姫を伴って参内してきます。
話は遡って、奥州藤原家と藤原基成の関係について少々。

後鳥羽院の重臣であった藤原忠隆の息子で、兄弟姻戚に関白が多くいるなど権力の中枢近くにいたようです。
その基成は、康治2年(1143年)4月に陸奥守に任官され、6月に鎮守府将軍を兼任し平泉へ下向。その後、仁平3年(1153年)までの約10年間を平泉で過ごしている。

その後、平治元年(1159年)の平治の乱で敗れた異母弟・信頼との縁座によって陸奥に流された。以降、秀衡の岳父として衣川館に住み、奥州藤原氏の政治顧問的な立場を確立した。

この間、平泉二代藤原基衡と親交を深め、政治的相談役ともなったことなどから、娘を基衡の息子秀衡に嫁がせている。
その娘がこのしずはた姫ということです。
秀衡が京都の朝廷と長く政治的均衡を保てたのもこの基成の助力があったことともいえますが、秀衡としずはた姫の子、泰衡の時代になると風雲急を告げることになるのですが・・・


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流罪になった父藤原基成をしずはた姫が尋ねてきて、自らを表すため歌と舞を花見の場で披露する場面となります。
扇車の舞が艶やかです。
金雄さん復活の舞です。

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しずはた姫と藤原基成の因果を知った藤原秀衡は、策があるということでしずはた姫を平泉にとどめて戦略を練るの図 というわけです。

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2018.06.17 |

2018.06.16 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

阿久戸神楽 安倍保名搦め捕らわれの場@ 第14回神楽共演石越大会

さて本日は第14回神楽共演石越大会から阿久戸神楽さんで 安倍保名搦め捕らわれの場です。

その前に阿久戸神楽さんの由来について

「明治中期、佐藤宗治が庭元となり南部神楽系城生野神楽の小野寺直師匠より神楽を伝授され、堀口神楽を創設した。戦時中一時中断したが、昭和四九年一二月有志により復活し、阿久戸神楽と改称した。
初代庭元佐藤宗治、現在の庭元佐藤錦は五代目である。」

とあります。現在の代表は村山栄利さんです。



信田明神に参詣した安倍保名が祝宴の幔幕を張っていると一匹の白狐が助けを請うて飛び込んできたところを助けます。
そこへ白狐を追ってきた石川悪右衛門が幕前で大音声で呼ばわり、白狐は逃げ込まなんだか、おれば早々にここへ差し出せと何度も問い詰めます。
しかし保名が知らぬ存ぜぬを通すと業を煮やして悪右衛門は保名を縛り上げます。

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そこへ、一命を助けられた白狐が来盤上人に化身して石川悪右衛門を説教し、保名を解き放てと諭します。

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葛の葉变化の来盤上人が自由の身になった保名に対して自らの本性を語り始めます。

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石川悪右衛門との戦で全身に傷を負ってしまったことを恥じて、保名がその傷を癒すために巌の滝へと向かう場面です。

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2018.06.16 |

2018.06.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

岡谷地神楽 五条の橋 @ 第14回神楽共演石越大会

さて本日は第14回神楽共演石越大会から岡谷地神楽さんで五条の橋です。

その前に岡谷地南部神楽さんの由来について

「明治三二年、工藤清右エ門(東和町嵯峨立から養子に来た人)が庭元兼師匠となり、修験道賀田羽流剣舞神楽を部落の若者達に指導し、岡谷地南部神楽を創設した。
また、大正時代に中田町宝江新井田から師匠を招いて笹流新井田神楽や加茂流舘神楽の芸風も取り入れた。
発足以来、地元の旧県社登米八幡神社の秋季例祭に奉納されてきた。
法印神楽の影響をよく残しており、笹結や宇賀玉等の演目を保持している。
初代庭元工藤清右エ門である。」

とありますが、現在の代表は佐久田和尋さんです。



五条の橋は言わずと知れた牛若丸と弁慶の出会いの場面ですが、南部神楽では弁慶は荒形、牛若丸は若人という図式になっています。
弁慶が登場する場面では荒型独自の囃し方になっていますが、岡谷地南部神楽は法印神楽系統(嵯峨立神楽)の形式を残しているので独特の出掛かりになっています。

〽 センヤーハー 弁慶は 五條の橋にと 早や急ぐ~

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そこへ、鞍馬寺で修行する牛若丸が通りかかります

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そして二人は五條の橋の上で決戦となりますが、牛若丸の手管の前に弁慶が平伏すことになります。

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そして、共に藤原秀衡の居城である平泉を指して旅立つことになり、めでたく千代の御神楽です。

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2018.06.15 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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