2017.07.17 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

宮野神楽 河津三郎祐泰最期の場 @第40回みちのく神楽大会

さて本日は、第40回みちのく神楽大会から宮野神楽さんで河津三郎祐泰最期の場です。

今大会は、40周年記念大会ということで、過去に優勝・準優勝した神楽団体が出演し、賞を決める審査もない上演会形式となっていました。過去の大会成績一覧を見ると、第20回及び30回記念大会も同様だったようです。
みちのく神楽大会のプログラム冊子には、過去の各賞受賞記録が掲載せれていて、各南部神楽団体の変遷も見て取れるので大変参考になります。

閑話休題

宮野神楽さんの由来について

「昭和53年より城生野神楽の熊谷先生の指導の下に技術を取得した会員に新会員を加えて平成9年8月に結成した団体です。」

とあります、現在の代表は佐藤久義さんです。



演目の河津三郎祐泰最期の場は、日本仇討ちの名場面のうちの一つです。

鎌倉頼朝公が富士の裾野の巻狩に出陣した河津三郎祐泰

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そこへ工藤左エ門尉祐経に仇敵河津親子を巻狩の帰路に遠矢にて射止めよと指示された家来の近江八幡。

祐泰は赤沢山で待ち伏せしている近江八幡の遠矢に射られました。

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通りかかった父祐親が息子の危難を見て敵を追いかけるも逃げられてしまいます。

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父祐親・弟祐清に支えられ、手当を受けたが急所を撃ちぬかれたがため、最期の願いとして妻子の養育を頼み行きを引き取ったという場面です。

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動画でどうぞ。

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2017.07.17 |

2017.07.16 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

築館小学校鶏舞 @第40回みちのく神楽大会

さて本日は、宮城県栗原市の築館にあります旧富野小学校体育館で開催されました第40回みちのく神楽大会に行って参りましたので、そのリポートといきます。

昭和52年に第1回大会が開かれ、優勝チームは鶯沢神楽さんの小袖曽我だったようですが、それから40年。
継続は力なりと申しますが、南部神楽の灯を絶やさずに連綿と続けられてきたことに敬意を表する次第です。



さて、演目の紹介ですが、オープニングとして築館小学校の児童の皆さんによる鶏舞で幕を開けました。

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現在の築館小学校では月に2回ほど有志による鶏舞クラブでの練習を行っているということです。
1年生から6年生まで28人がクラブに所属し、その指導は城生野神楽さんが行っているということです。

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小学校の統合前は、城生野神楽さんの地元の富野小学校で鶏舞に取り組み、ほぼ毎日授業が終わると鶏舞の稽古をしていたということです。今の30代の舞手はこのOBなのかもしれません。

兎にも角にも、こうして鶏舞が踊り継がれることに将来の希望が見いだせます。
城生野神楽さんの熱意に感謝です。

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動画でどうぞ。

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2017.07.16 |

2017.07.11 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

川北神楽 曽我兄弟仇討ちの場 @ 第30回あやめ祭り神楽大会

さて、本日は第30回あやめ祭り神楽大会から曽我物語通し上演のトリです。川北神楽さんで曽我兄弟仇討ちの場です。

その前に川北神楽さんの由来について

「明治16年に、初代庭元佐藤福男が世話人となり、岩手県西磐井郡萩荘村達古袋神楽の佐藤春吉師匠を招き、部落の若者達に神楽の指導を行い、門出神楽を創設した。
大正初期、一迫町長崎高橋長右エ門師匠の指導を得、現在まで休むこともなく継続されて来た。
その後、昭和41年に一迫町民俗芸能無形文化財」の指定を受けたことを契機に川北神楽保存会と名を改め現在に至る。」
現在の代表は佐藤勝さんです。



曽我兄弟の仇討についておさらいです

所領争いのことで、工藤祐経は叔父・伊東祐親に恨みを抱いていた。安元2年10月、祐経は郎党の大見小藤太と八幡三郎に狩に出た祐親を待ち伏せさせた。2人の刺客が放った矢は一緒にいた祐親の嫡男・河津祐泰に当たり、祐泰は死ぬ。
祐泰の妻の満江御前とその子・一萬丸と箱王丸が残された。満江御前は曾我祐信と再婚。一萬丸と箱王丸は曾我の里で成長した。その後、父の仇を討つことを密かに心に図っていた。

そして、建久4年(1193年)5月、源頼朝が富士の裾野で巻狩を催すことを知り、本懐を遂げることを策謀する。

最初に仇敵工藤祐経が出て、富士の裾野の陣屋に幔幕を張り、駐屯する場面です。

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父の仇討ちをせんと、松明をかざして頼朝の陣屋を探ろうとするが、折から雨が降りだし、松明の火も消えて行方を探すべもなくなります。
最早仇討ちもこれまでと、十郎五郎の兄弟ともに自刃の刃に手を掛けたその刹那、二人に近寄る上臈が一人

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虎御前と名乗る上臈が、曽我兄弟の仇討を導くことになる

ところでこの虎御前ですが、曽我物語では十郎祐成の愛人と描かれていて、曽我兄弟が仇討ちを遂げて処刑された後、出家して仇討ちの話を伝える一役を担ったという説もある。

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そして、数々の木戸を通過して、曽我兄弟の仇敵の寝所にたどり着く。
そこでは、父の仇の工藤祐経が酒宴の酒に酔って寝ていたが、正真正銘の仇討ちを遂げたい曽我兄弟は工藤祐経の酔いが覚めるのを待って仇討ちすることにした。

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兄弟力を合わせて奮戦の末、工藤祐経を討ち取ります。

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無事本懐を遂げた兄弟は涙ながらに父の菩提を弔いながら、千代の御神楽を舞うのでした。

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動画でどうぞ。

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2017.07.11 |

2017.07.10 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

館下神楽 御所の五郎丸陣屋巡りの場 @ 第30回あやめ祭り神楽大会

さて、本日は第30回あやめ祭り神楽大会から館下神楽さんで 御所の五郎丸陣屋巡りの場 です。

その前に館下神楽さんの由来を定本より

「昭和五三年四月、田中安雄が庭元となり神楽愛好者数人が、志波姫の刈敷神楽佐藤典雄師匠の指導を受け、舘下神楽を創設した。刈敷神楽は、栗駒町栗原神楽の佐藤正吉師匠の指導により復活したという。
初代庭元田中安雄、現在の庭元曽根英寿は二代目である。」

とあります。館下神楽は築館町の団体で現在の代表者は柳澤良夫さんです。



源頼朝が小大名を集め富士の裾野に於いて巻き狩りを行うとの噂を耳にした曽我兄弟は「時至れり」と母の形見の名刀をたずさえ富士の狩場の陣屋に迫る。時に建久4年5月28日夜半。兄の十郎祐成は22オ、弟時は18オであった。

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陣屋は折り悪しく大雨が激しく、警戒も一段と巖Lさを増し、「一の木戸」「二の木戸」は無事に通り越えたが、「二の木戸」は祐経の重臣と宮形八郎重房が警固し通れず、難渋するのである。

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兄弟はここで思案の末、弥源次・弥源太と偽名を打って通り越えようとする所に「御所の五郎丸」に見定められるも、これが温情に依り御所の五郎丸の伴廻りに混じりて無事に「二の本戸」を通り越え、最期に小大名幕の紋所を五郎丸殿に教えられる名場面です。
五郎丸が曽我兄弟に陣屋の指南をする場面。巻物がいい雰囲気を出してます。

〽 庵に木瓜紋をよくよく覚えられよ、これこそ工藤祐経のかもんなるぞよ

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曽我兄弟がいよいよ陣屋への討ち入りに出陣します

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動画でどうぞ。

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2017.07.10 |

2017.07.09 | Comments(1) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

中野神楽 小袖曽我 @ 第30回あやめ祭り神楽大会

さて、本日は第30回あやめ祭り神楽大会から中野神楽さんで小袖曽我です。

その前に中野神楽さんの由来について定本より

「明治5年、佐竹幸吉が庭元となり岩手県西磐井郡厳美村、三輪流山谷神楽の師匠を招き指導を受け、中野神楽を創設した。
二代、三代とも山谷神楽の師匠の指導を受けた。」
とあります。
現在の代表は六代目の佐竹正義さんです。



曽我兄弟の母です。
この演目の出典は能の四番目物(雑能)の小袖曽我です。

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兄の祐成は父の仇の工藤祐経を討とうと決心します。
その前に母親に今生の暇乞いをするため、また、五郎の勘当の許しも得ておこうと、母のもとを訪れます。まず、十郎が案内を求めると、母は喜んで迎え入れ形見に波に千鳥の小袖を渡します。

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その一方で弟五郎時致には出家になれという母の命にそむいたというので再び勘当をいいつけます。
祐成はこのたび兄弟そろって御狩に出ようとしたのに、弟を許してくださらないのは、私の身をも思ってくださらないことになるのです。かくなる上は汝が命を我に預けて母の怒りを鎮めんと弟を手に掛けようとします。

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それを見て、母満江御前はいたたまれずに祐成の刀を押しとどめます。

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〽 世の中に 親を思わぬ子はあれど 子を思わぬ親は無し

憐れに思った母は、弟五郎時致を許し、揚羽の蝶の小袖を形見にと分け与えて、二人を見送ります。

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兄弟はおのおの一首の歌を詠んで仇討ちにと旅立ちます。

弟時致

〽 秩父山颪ろす嵐の厳しさに 枝散り果てて 葉はいかにせん

兄祐成

〽 今日いでて巡り合わずば尾車の この輪の中に無しと知れ君

  さらば別れか母上様

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動画でどうぞ。

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2017.07.09 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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