2017.04.04 | Comments(3) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

上平沢権現舞 春彼岸の悪魔祓い

さて本日は、昨日までの善楽流獅子舞に続いて金ケ崎町の春彼岸の悪魔祓い、獅子つながりです。

とはいうものの、金ケ崎町は旧南部藩と伊達藩の境界にあるため北からきた権現舞と、南からきた獅子舞が混沌とした地域でもあります。
この辺の詳細は「金ケ崎の権現様」(昭和63年刊行)に獅子頭の図録を掲載して比較検討がなされている。

これらの「アグマハレェ(悪魔払い)」は、かつては町内の各集落ごとに行われていて、昭和63年の調査時点においても14地区での活動を確認している。
その行われる時期は、小正月と春彼岸の時期を中心としていて、1~2日かけて門付けした。
その形態は大麻、ほら貝、獅子舞、札持ち、太鼓、笛などが行列して家々を廻り、玄関から土間に入り込んで舞ったということです。
獅子自体も、山伏神楽由来の権現舞もあれば、一方では太刀使いがつく羽黒修験由来の獅子舞もあったようです。

この上平沢権現舞は、太刀使いが付く羽黒修験由来のもののようです。

発祥は不明としながらも、かなり昔から行われていたという。
しかし、昭和の後半で一度衰退した。
平成21年に、千貫石から習い直して復活したのが現在の形ですが、以前の芸態とは少し違っていると代表の方が言っておられました。
「昔は旧正月10日に朝から3時頃まで廻った。熊野神社の宮司が白い馬に乗って巡行していたと記憶している者もいるそうだ。
家に上がる時は土足だったので、家の人たちは予めむしろを敷いていたが、舞手はあえて筵でないところを歩いたりしたものだ」
等と語ってくれた。

昔は熊野神社に奉仕する講中だったが、復活後は保存会としての運営となり、従来の住民の他にサンライズという新興住宅地からも参加者を募ったことにより若手が増えて活気が出てきたということです。

支度をする上平沢公民館を9時頃に出発すると、隣接する熊野神社境内にて奉納です。
この熊野神社には獅子頭と太鼓等を保管しているそうです。

その後、民家での悪魔払いへと移動します。



農家の庭に入り込むと、輪になって一巡りしてから獅子と太刀使いが対面しながら悪魔払いをします。
荒ぶる獅子を修験者が刀で祓って聖獣となった後、権現様が悪魔を祓います。

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金ケ崎町の獅子舞では、山伏神楽の権現舞の影響もあるのか、火伏せの祈祷も込められています。
権現様が咥えた柄杓の水を家の屋根に掛けて火伏せ祈願です。

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最後は頭齧りです。「カサッコ(瘡蓋)」ができないご利益があるという。

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11時近くなって、私は退散したわけですが、この日はもう一つ別の行事が同じ集落で行われていていました。
それは明日のブログでお伝えします。

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動画でどうぞ。



場所はここです

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2017.04.04 |

2017.04.03 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

一関市舞川の善楽流獅子舞巡行記 追補

昨日に続き善楽流獅子舞について、今日は演目にふれてみます。

善楽流獅子舞の演目は、隆盛時には12種類あったが神社の火災とともに焼失して、現在は口伝で継承している8種類ということです。

・腕(かいな)差し
・脇払い
・三の足
・六の足
・錫杖神楽
・扇神楽
・柱隠し
・世の波



また、この他に親子獅子という演目を持っている。
この親子獅子は宮城県では塩釜神楽等の十二座神楽にしかなく、岩手県内では皆無(個人的知見ですが)と思われます。会長さんが演目復活を目指しているとのことで、実現したら連絡くださいとお願いしました。

<画像は塩釜神楽の親子獅子>2016.7.18
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また、錫杖神楽と扇神楽については、三の足、六の足とともに所作からついた名称と思われますが、神楽の演目を想起させます。

<画像は狐禅寺獅子舞の錫杖神楽>2012.3.5

天王獅子舞000670253


ところでこの扇舞は、獅子が幕の外の扇を持って、獅子頭がそれをもて遊ぶかのような所作をします。
これは、宮城県加美郡加美町の三輪流薬莱神社神楽に伝わる胡蝶舞に相似しています。

<画像は狐禅寺獅子舞の扇神楽>2012.3.5
天王獅子舞00710647


薬莱神社神楽は陸前浜の法印神楽と同系で、異伝の法印神楽と云われています。
薬莱神社は創建時には薬莱三所権現と称し、別当は羽黒修験の善行院だったというのですから、やはり基は同じだったといえるかもしれません。

<画像は薬莱神社神楽の胡蝶舞>2014.11.23
IMG_8761.jpg

それから、「世の波(よのは)」という演目は、猪岡獅子舞では「猿かんなん」と称しているもので、猿が獅子にいたずらをするというものです。
善楽流獅子舞の世の波では、猿コが獅子の邪魔をして倒してしまう。
そこへ翁(代表は是翁と呼んでいた)が現れて御神楽を舞い、言い立てになるという。
黒面、赤面、白面の翁が獅子を祓うと獅子が起き出して一舞して終わるというものです。

参考までに薬莱神社神楽の動画をどうぞ。



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2017.04.03 |

2017.04.02 | Comments(2) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

一関市舞川の善楽流獅子舞巡行記 後編

さて本日は、昨日の続きで一関市舞川地区で行われました善楽流獅子舞巡行についてです。

舞草神社での神事を経て、いよいよ巡行となりますが、その前に境内で一舞奉納しました。
保存会の方によれば、本来は舞草神社とはあまり関係がないので、境内で色々やるのは遠慮がいるということでした。



ということで舞川の各地区に出立です。
この日のスケジュールは次の通りです。

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で、舞始めは1区公民館です。

ここで大きな疑問に当たります。
羽黒山修験系統の獅子舞通りですが、こちらの獅子舞は三人立ちです。
隣接し先行と思われる狐禅寺獅子舞は二人立ちですから、その伝播というのでは説明がつきません。
しかも岩手県南地域で三人立ちの獅子舞は沿岸地域の権現舞しかありません。
このことは後日精査したいと思います。

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さて、肝心の巡行ですが、今回30年ぶりに復活したということで、30~40代3名が新たに加入したことで弾みがついたようです。
保存会の熊谷さんに伺ったところ、今までできなかった演目も復活させたいと意気込んでおられました。
この部分については明日のブログで詳述します。

各所での巡行ですが、駒形宮司の御祈祷に始まります。

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その後は、場所の人たちの歓待があります。
これは慰労の意味と、神様に饗応することによってご利益を弥増すことを願っています。

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巡行先への移動はトラックにお神輿を乗せて行きます。
往時は人手で担いだのだろうと思いますが、今は人手不足と時間短縮の意味合いで車移動となっています。

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午前中の最後は四区公民館です。
この建物が公民館なのですが、農家の離れを改造したようなお洒落な造りになっていました。

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ここは四区公民館ですが、地域の皆さんが集まり、アットホームな獅子巡行となりました。
現代社会において、災難を神様にお願いするという習慣は希薄になってきていますが、こういった集落の地域行事として捉えた時、伝承などという大上段に構えたものではなく、部落の行事といった感じで繋いでいければ後々に残るのかと思ったしだいです。

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動画でどうぞ。

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2017.04.02 |

2017.04.01 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

一関市舞川の善楽流獅子舞巡行記 前編

さて年度も改まり、4月の1日ですが、今日もサービス出勤でした。 花見が待ち遠しいなぁ・・・

それはさておき、今日は3月5日に行われました一関市舞川地区の春祈祷、善楽流獅子舞のリポート前編といきます。


そもそも一関地方には、旧正月から春彼岸の間に産土の神社の氏子領域を巡行して災厄消除を祈祷して廻る獅子舞があった。
これらの起源はいずれも不詳としながらも、羽黒山(山形県)の修験に習得を仰いだという言説が多い。
この善楽流獅子舞でも同理の伝承があり、以下のような説明がある。「一関地方の民俗芸能(平成10年刊)」

「この獅子舞のはじまりは、舞川字不動塚にあった不動院に伝わったもので、その時代は江戸時代初期の寛永年間である。
安永四年の風土記書上によれば、この不動院は中興となったおりこの時代は十一代となっている。
紀州の熊野修験、出羽の羽黒修験等によって開院されている。
後数代を経て同村字河岸に遷座熊野権現と号す。別当は一明院が主流をなしている。
この熊野権現も大正三年十二月十七日に村社舞草神社に合祀された。
建物は同社の奥院として現存している。
これ等一連の流れの中で当然のことながら獅子舞もその行動範囲は広くなっていきました。
以来昭和四十年頃まで旧暦の二月一日に舞草地区全域をまわり諸悪根源を門毎に祈祷してきた。」

ということです。

その前にこの獅子舞巡行の出発点 一関市舞川鎮座の舞草神社について。

社伝によれば、大同2年(807)に坂上田村麿によって創建。神仏習合時代は、吉祥山東城寺と称していた。

舞草神社の山門と拝殿です。
舞草神社は、古くは白山岳に鎮座していたという伝承もある。
白山岳周辺には、鍛冶遺跡があり、舞草鍛冶として有名で、全国の刀工の祖神としての崇敬も篤い。



境内には古今の石灯籠が並び、往昔の寄進者の想いが表れています。

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まずは、拝殿内で調度をしつらえ祈祷して次の神事に移ります。

地元の保存会の皆さんが諸準備をしています。

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これはお神輿ですが、随分と品格があります。
切妻に破風がついていて、山車の雰囲気もあります。

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さて、獅子頭と幕です。
この獅子舞はもともとは天王社についていたもので、社殿焼失のために現在は舞草神社境内に祀られているだけということです。
それで、幕には「八雲神社」と有るわけです。
そういえばお隣の狐禅寺獅子舞も八雲神社付きでした。
悪魔祓いといえば素戔嗚尊なのでしょうか。分かり易いといえば分かり易い。

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口を開けると、舌は無く、銘もありませんでした。

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神事の開始です。
駒形神社の宮司が神事を司どっています。

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拝殿の前でjは、獅子舞グループが神事を受けています。

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で、いよいよ巡行となりますが、それは明日の後編にて。

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2017.04.01 |

2017.02.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

米川の水かぶり と 長下田神楽

さて、本日は先週の日曜日に訪問した宮城県登米市東和町米川の初午行事「米川の水かぶり」についてです。
今年は日曜日に当たったため10数年ぶりに見に行ったわけですが、ものすごい人出でした。
さすが国指定重要無形民俗文化財です。

とともに、この米川の水かぶりは現在ユネスコ無形文化遺産に来訪神行事として申請中ということで、指定を前に期成記念行事として例年以上に力を入れての開催だったようです。

祭りの由来は定かでないものの、水かぶり宿(菅原家)の口伝では江戸時代中期既に行事が行われていたという。
水かぶりの一団は町に繰り出し、家々の前に用意された手桶の水を家に掛け火伏せする。人々は水かぶりが身に付けたしめなわを抜き取り屋根等に上げて火伏せのお守りとするというものです。

初午の火伏せ祈祷なので、男たちは最初に秋葉大権現に参拝し、その後町に繰り出して家々の火伏せ祈願をして回る。



さて、今回は水かぶりの男たちを追うことは省略して、神賑のステージについてです。
この日は、横山火伏せ獅子舞と長下田神楽と浅部法印神楽という中々豪華なプログラムでした。

私のみならず神楽目的の方々(法印神楽関係者)が何名か来ておりました。


その前に、長下田神楽さんの由来について

「明治26年(1893)、岩手県西磐井郡花泉町の上油田神楽の南部神楽師 佐藤和三郎を師匠に招き、五穀豊穣を祈願して「橋向神楽」として創設されましたが、その後、二つに分かれ、昭和24年(1949)池田清治を師匠に「長下田神楽」として継承され、現在に至っています。」

とあります。現在の代表は猪又一雄さんです。

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さて、牛若丸金売吉次鏡ヶ宿の場ですが、これは義経記等にも記された、源義経の東下りの一節で、近江国鏡ヶ宿で金商人の三条吉次との出会いの物語です。
奥州へ財宝を運ぶ途中の吉次一行を盗賊の熊坂長範が襲いますが、これを偶々同宿していた義経が加勢して退治し、共に奥州の藤原秀衡の元へと道行するわけです。義経はここで牛若丸から元服したとされ、吉次を烏帽子親とする伝説もあります。

尚、このくだりは奥浄瑠璃の「熊坂長範」にも脚色された演目があり、正に丁々発止の大活劇となっています。

吉次、吉内、吉六の三兄弟が平泉に向けて下ってゆきます。尺八がいいですね。

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財宝を持った兄弟が投宿したと聞いた盗賊の熊坂長範が宿に押し入ります。
熊坂長範です なんかカッコイイなぁ

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熊坂と吉次兄弟が争っているところへ義経が入り、退治した後は共に奥州へと向かうことになり、千代の御神楽で舞い納めます

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動画でどうぞ。   ※ワイヤレスマイクの設定不調のためハウリング音が入っています。ご了承ください。



米川の水かぶりのタイムテーブルとマップです

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場所はここです

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2017.02.18 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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