2018.05.12 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 安摩 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から安摩(あま)です。

この演目は林家舞楽でのみ喜禄とも呼ばれています。

この安摩は本来は二人舞であった。
ここ慈恩寺舞楽では一人舞となっています




日本古来の舞楽には中国系統の左舞と朝鮮系統の右舞があり、この安摩と続く二の舞は天平年間(710~784年)に林邑国(べ(ベトナム)からの渡来僧、仏哲が伝えた「林邑楽」の一つといわてれる。



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因みに、この安摩と次の二の舞は対の舞とされています。

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動画でどうぞ。

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2018.05.12 |

2018.05.11 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 太平楽 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から太平楽(たいへいらく)です。
舞人が戦いにのぞむ姿で舞う「武の舞」の代表曲ということです。。

太平楽は、文徳天皇(平安前期、第55代天皇)が住居を移る時に近衛府の常陸澄継という人が作ったと伝えらているよう。
元々は古代中国の秦王朝末期に秦の都「咸陽」で漢の劉邦と楚の項羽が会見した鴻門の会で、楚の国の傾荘と項伯の二人が舞った武将の剣舞に由来するということです。

最初に先頭の一人が鉾を持って舞う鉾舞。これは舞台を清める舞。



第2節は手で印を結んで舞う剣印の舞。

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続いて抜刀の舞、刀返しの舞。

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慈恩寺の太平楽は終わりの太刀の引き込みに特徴があるといわれています。

ところで、舞楽太平楽というと赤系統の甲冑や装束が通常ですが、林家舞楽では黒の甲冑が重厚さを感じさせます。
さすが猛将で知られた最上義光公のお膝元と言った感じです。

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2018.05.11 |

2018.05.10 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 散手 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から散手(さんじゅ)です。

本山慈恩寺で奉奏される散手の舞は、お釈迦様の誕生を祝って獅子あく王が作ったといわれています。



鼻の高い赤い仮面をつけて舞うので天狗舞ともいわれます。
最初に鉾を採って大地を鎮めるが如く舞います。

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また鼻高面であることから猿田彦命ともいわれ、天孫降臨に当たって邇邇藝命の先導をして豊葦原瑞穂国を進んだ様を表現しているとも。
神楽で言う天降りですね。

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舞楽には能舞や延年と比べて勇壮闊達な所作の演目があります。
唐風とでもいえばよいのでしょうか。

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2018.05.10 |

2018.05.09 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 「三台」 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から三台(さんだい)です。

その前に、本山慈恩寺について。

天平18(746)年に、聖武天皇の勅命により、インド僧婆羅門によって開山されたと伝えられている。
以降、鳥羽上皇や藤原氏、平忠盛、山形城主の最上氏、寒河江城主の大江氏の庇護を受けてきた。
江戸時代には幕府から2,812石余の御朱印を受け、一山組織として最盛期には弥勒堂を中心に最上院 ・ 宝蔵院 ・ 華蔵院三か院と付属する48坊からなっていた。


一切経会当日は楽屋となる慈恩寺山門、県指定文化財となっている。



さて、演目の三台は、三台塩、天寿楽ともいわれ古代中国小説の遊仙窟が原典という。
物語は主人公が黄河上流の河源に使者として赴く途中に山深い仙人の住む仙窟に迷い込み仙女の崔十娘と兄嫁の王五嫂の二人の未亡人に歓待を受けて歓楽の一夜を過ごし翌朝には名残り惜しんで別れるという筋書きのようです。

この小説を献上された唐代の則天武后が気に入り、技芸としたのが始まりという。

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この演目は、本来は四人または六人で舞うものだが、慈恩寺では一人舞で演じた。

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平安時代に日本にもたらされたということだが、今日では中央では伝えられておらず、林家舞楽のみという貴重な舞です。

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動画でどうぞ。

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2018.05.09 |

2018.05.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

慈恩寺舞楽 「燕歩」 本山慈恩寺 一切経会

さて本日は慈恩寺一切経会から燕歩(えんぶ)です。

その前に、慈恩寺で行われる舞楽についてですが、寒河江市の隣町に鎮座する谷地八幡宮の神職の林家に伝承されている舞楽です。林家舞楽といい、谷地八幡宮の秋の例祭、寒河江市の平塩熊野神社の例大祭、そして慈恩寺の春の法会に舞われるものです。

その起源は大変古く、大阪四天王寺の楽人、林越前正照が貞観2年(860)に、慈覚大師に従って山寺立石寺に来たことから由来するといいます。
その立石寺が衰退した頃に谷地八幡宮に移り、現在は林家が谷地八幡宮の宮司職を代々務めているということです。
中央の舞楽が室町以降に様々な変遷を経ているのに対して林家舞楽は早くに中央と隔てたために、現在まで平安期の舞楽を色濃く残していることで貴重な芸能となっています。ですので国指定無形民俗文化財となっています。


舞台は木を組み上げた仮設で、真ん中に天蓋が飾られます。
天蓋は上演の直前に掛けられました。



天蓋や舞台四方の竜頭のついた柱に幡が飾られるなど、後の法印神楽の装飾に影響を与えたのだろうと考えさせられました。


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さて、最初の演目は燕歩です。

林家舞楽が伝承する曲目は燕歩、三台、散手、太平楽、安摩、二ノ舞、還城楽、抜頭、陵王、納蘇利の十曲です。

この日、慈恩寺舞楽で上演されたのは燕歩、三台、散手、太平楽、安摩、二ノ舞、陵王、納蘇利で、この内太平楽と二の舞は、慈恩寺の一山の人々によって舞われるということです。

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鉾を振るという意味で「振鉾」という。
本来は天の神と地の神の二人舞だが、こちらでは一人で舞う。悪魔降伏の舞という。

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最後は1人で鉾を2本持って舞い納めます。

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2018.05.08 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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