2018.03.19 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

古内神楽 田村二代@第33回一関民俗芸能祭

さて本日は、第33回一関民俗芸能祭から古内神楽さんで田村二代です。

その前に、古内神楽さんの由来から

「古くは大久保の春日神社の奉納神楽として別堂三学院が法印神楽を奉納して来たと伝えられている。
弘化年代(1846)徳右エ門が宮元となり同村下黒沢神楽から南部神楽の指導を受け古内神楽を再興した。
法印神楽時代のものと思われる型の古い神楽面も多く保存されており、とくに天保12年(1841)の年号のある蛇面は、昭和51年6月一関市の有形民俗文化財に指定きれた。
初代宮元徳右エ門、二代阿部専治、三代菅原栄三郎、四代菅原万次郎、五代阿部永治、六代阿部卯右エ門、七代阿部竹左エ門、八代阿部清喜、九代阿部考吾である。」

ここは自鏡山に羽黒山から入山した修験者たちが興した神楽の先駆け的神楽組である。
現在の代表は千葉悦雄さんです。



演目は、天保12年銘の蛇面を保持する古内神楽さんの十八番であります。

山城の国小瀧の郡、加茂川と桂川の落合、今瀬ケ渕に棲む大蛇退治を命じられた田村中将利光の活躍を描いた一幕です。

田村中将利光役は女性の舞手です。
セリフの滑舌がよく、迫力があります。

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利光の配下、霞の源太盛純と海老名の源八が兵卒を従えて今瀬ケ渕に向かいます。

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今瀬ケ渕に棲む大蛇は背峯が二十尋(百尺)あまり、眼光は百蓮の鏡の如くで、一度悪気を吐けば山野はたちまち霧に包まれる有様。

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それに対して、利光は母から授かった神通の鏑矢で退治します。

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めでたく、大蛇の首を携えて京の都へと凱旋します。

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動画でどうぞ。

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2018.03.19 |

2018.02.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

大室の春祈祷 高台団地に舞う

さて本日は、2月11日に行われた宮城県石巻市北上町十三浜の大室の春祈祷についてです。

3年前に訪問した時の春祈祷は、まだまだ復興途上であり、仮設の作業場などを門付けして回っていました。
⇒十三浜 大室の春祈祷

春祈祷というのは、その集落の一年の災厄消除、豊年満作、大漁を祈願するため各家を回って獅子舞で祓い、最後には集落の境に行って厄を捨ててくるという陸前浜一帯に行われている正月行事です。
こちらの大室浜では2月の第2日曜日に行われているようです。



こちらの獅子は親子獅子で、獅子頭は口が開くタイプです。

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集落の小高い山の中腹に鎮座する山神社に獅子舞とジャラカシが登ってきて、堂内にて参拝します。

この時、獅子頭と尻尾に赤い布をつけます。
この赤い布は秋祭り等の時に集落の氏子の皆さんが願い事をする際に神社に奉納し、奥の格子戸や境内にある小さなお宮などに掛けておいたものです。これを春祈祷の際に獅子頭に付けて、最後は集落の外れの境に捨ててくるということです。厄を祓うという意味が込められているようです。

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そして、神社を降りると、一行は榊持ちと塩撒きを先頭にして行列し、集落中の1軒1軒を厄祓いして歩きます。
こちらのお宅は大室で唯二軒だけ流されずに残った家のうちの一軒です。

獅子舞は昔ながらの作法で、縁側から入って家の中を踊りながら悪魔祓いし、玄関から出てきます。
祈祷が終わると家の者から一行に酒食のもてなしがあります。
私も回転焼きをご馳走になりました。

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さて、いよいよ大室から小泊にいく山林や畑を造成した高台団地での春祈祷です。
昨年の春以降に次々に新しい家が立ち並び、大室のビバリーヒルズといった風景になりました。
7年目にしてようやく本来の大室集落らしくなってきたということでしょうか。(あまり海が見えないので残念という声も)

それにしても、家々に獅子舞の囃子が鳴り出すとご近所の皆さんが集まってくるのは団地ならではの風景。
本当に賑やかな祭りとなりました。

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こちらは大室南部神楽でもお目にかかる佐藤さんのお邸です。
家の中も外から見せて頂きながら、ホタテ汁やら何やらご馳走になりました。

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3年前に訪問した時は、この先どうなるのかという感じでしたが、大多数の大室住民の皆さんが残って家を構えたということで、本当に復興の第一歩になったのだと実感しました。
また、5月には春祭りがありそうだということなので、楽しみにしていたいと思います。

帰り際に団地の入口には悪魔祓いの御札や刃物が突き刺してありました。
「これより悪魔来たらず!」そういう願いが込められております。

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動画でどうぞ。


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2018.02.15 |

2018.01.18 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

吉浜のスネカ 小正月の来訪神

さて本日は三陸浜の小正月行事です。
岩手県沿岸部には小正月の来訪神として、1月15日の夜に異形の面や蓑ケラを着た年男が集落の家々を廻り、泣き虫の子どもやカバネヤミ(怠け者)の嫁を戒めて歩く行事が分布しています。

秋田のナマハゲ、山形のアマハゲ等とともに国の重要無形民俗文化財に指定されていて、全国に伝わる「来訪神行事」は、ユネスコの無形文化遺産登録を目指していて、今年11月ごろに登録の可否が審議されるという。

それはさておき、ここ三陸町吉浜のスネカの現在の姿をリポートしていきます。

従来は年男が扮して行ってたが、一時中断した後に青年会行事として再開し今日に至る。
吉浜拠点センターに青年達と中学生が集まり、ここの2階に保管されている装束を身に着けて支度します。
この日は午後5時に出発式を行い、吉浜の各地区を12班に分かれて午後8時くらいまでかけて廻るということでした。



スネカの背中には米俵を背負ってます。
これには五穀豊穣の意味もありますがもう一つワケがあります。
米俵の隙間から子どもの靴が出ていますが、これは中に子どもが入っているぞということらしいです。
つまり、「(親の)言うこと聞かねワラスは、山サチェデグゾ(連れて行くぞ)!」ということです。
これ見たら子どもたちは恐怖のドン底に落とされるというものです。
ちなみに、昔は俵に大根を刺して、子どもの足にみたてていたそうです。

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集落を廻るのは、子供会の小学生。
12チームに分かれて本郷、扇洞、根白、千歳地区を廻る中学生。
それと、大人スネカが2人、マスコミ対応の家や頼まれて来訪する家々を軽トラックの荷台に乗って廻るという感じです。
大人の部1軒目は、新聞報道対応の家。
とはいえ子どもたちはいつもと違う雰囲気を察して逃げ回っています。
そこをだましだまし居間のこたつへと集合させて来訪神を待ちます。

小正月のお祝いらしくミズキ飾りやテーブルの上のご馳走のある居間の景色がよい雰囲気を出しています。
ここに居られただけでも浜の小正月行事を味わった気分。

さて、約束通りガラス戸を叩いて「春来る鬼」が現れます。
「泣ぐワラスはいねが! 夜は早ぐ寝るが!」
子どもたちは「いい子にします」と必死に誓いの返事をしますが、まわりで見ている大人たちはニヤニヤと楽しんでいます。
最後はスネカにご祝儀が渡されてお帰りいただきます。

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吉浜のスネカは200年以上前から行われているということでしたが、岩手県内では久慈地方のナモメタクリ、野田・普代のナモミ、山田・大槌のナゴミ、大船渡市日頃市のヒガタタクリ、崎浜のタラジガネ等が伝えられています。

それらのお面も各種多様ですが、吉浜のスネカでは木の瘤で作った馬面の面を使っていたということですが、確かに鬼の面というより「得体の知れないもの」の顔をしています。
浜ならではの異国の雰囲気もありますが、やはり大海を行き来していた船人はいろいろな物を見てきたのだろうと推察します。

子どもの健やかで心正しい人間への成長を祈った素朴な民俗行事ですが、やはり少子高齢化の影響があります。
またバックボーンとして活躍していた中学生も、間もなく地元中学校が統廃合となります。
これからの伝統行事のあり方も難しくなることと思いますが、そこに家族がいる限り続いていくような気がしました。

来年は、1月16日に行われる根白の権現様と千歳の大漁唄い込みを見にいきたいと思います。

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動画でどうぞ。

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2018.01.18 |

2018.01.07 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

秋葉大権現川原獅子舞 正月悪魔祓い門付け

さて本日は、大震災以降毎年訪問している陸前高田市高田町の川原地区で正月に斎行されている権現舞に行って参りました。

ここの権現舞は、昭和54年に大船渡市の船河原という地区に権現舞があり、その地区で姻戚関係があった者が伝えたということです。



それまでは、この高田町川原町内会にはうごく七夕の祭り組はあったが、旧盆の行事としての繋がりはあるものの、正月に集まったときには祀るものがないということと、夏の七夕行事の資金集めのためにも権現舞を回しての御花集めは重要な行事でとしたこと。
しかるに震災以降は、もともとの町内会にいた人たちがバラバラに分散して住んでいるため、この門付けも困難を究めていました。
そこに沢山の善意の加勢があって、震災後も途切れること無くこの祭りが続いてきました。

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祭りの要素は、歳の初めにあたって住民の災厄消除や五穀豊穣、大漁満船を祈願して権現様の力を借りて祈祷するものです。

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更には、権現舞の歯に噛んでもらうことによって悪魔病魔の退散を期待できることから、子どもたちを差し出して頭などを噛んでもらい、無病息災、諸願成就の祈願をする姿がよく見られます。

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この川原権現舞では、震災以降に毎年門付けして歩く際に震災で被害のあった場所で追悼をするのが常でした。
陸前高田市の消防署にて門付けする際には、先の震災で住民避難を最優先して活動した消防団の若者たちが多くその生命を落としたことに残念な気持ちが溢れています。

特にも、若くして地元の消防団に属した若者たちはあの日、高さ10mを越える高波が襲い来るなど想像だにしていなかっただろう

そして7年が過ぎて、昔通の行事を進める。
この先に何が待ち受けようとも、しっかりとしたコミュニティーを築いていくのだろうと感心しています。

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動画でどうぞ。


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2018.01.07 |

2018.01.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

胡四王神社蘇民祭 境内での参観でしたが

さて本日は、毎年正月2日に催行されました胡四王神社蘇民祭と、そこで奉斎される胡四王神楽についてです。
蘇民祭は花巻市矢沢鎮座の胡四王神社に慶応元年(1865)から伝わる祭事で、花巻地方に原因不明の難病が流行した際に蘇民将来の説話譚に基づいて病魔退散、災厄消除を祈願して始まったということです。花巻市の無形文化財であり、国の記録保存すべき民俗文化財にも指定されていて、数ある岩手県内の蘇民祭でも1年の最初に行われることで有名です。

祭事は、朝8時30分に麓の社務所にて餅つき、水垢離などをした裸参り連が、9時30分頃になると松明を手に山頂の胡四王神社を目指して行列して登ってきます。



本殿で浄火祭が斎行された後、蘇民袋の争奪戦になります。


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以前は私も麓から一緒に登りましたが、今回は神楽撮影メインとしたので、境内での争奪戦のみ参観し、最後の一の鳥居までは見ませんでしrた。
今年の取り主は、昨年に続いて紫波町日詰の畠山真さんということでした。

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動画でどうぞ。

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2018.01.05 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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