2014.07.19 | Comments(5) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

舘神楽 天孫舞 @ 第10回登米市民俗芸能大会

さて、本日は加茂流舘神楽さんの天孫舞について。

その前に舘神楽さんの由来について。

「明治三九年、五穀豊穣、疫病退散と併せて日露戦争後の青年の心の融和を目標に、及川徳蔵が庭元となり、栗原郡藤里村藤里(現在瀬峯町)より南部神楽の細川勇三郎師匠を招き神楽の指導を受け、舘青年神楽を創設した。
その後明治45年に解散したが大正元年9月に及川徳蔵、佐々木次郎右エ門が師匠になり再編され、再び新羅神社の附属神楽となりました。この時、上沼加茂流法印神楽の流派からその名を冠し、「加茂流舘神楽」と命名されました。」
そして昭和45年に保存会を設立し、平成17年に登米市無形文化財に指定されています。

保持する演目は、鳥舞、水神舞、八幡舞、軍勢借り、朝見ずの里、一の谷合戦、東下り、鞍馬破り、産小屋切り開き、西の宮 等となっています。

現在の代表は及川孝樹さんです。



天孫舞は、天孫瓊瓊杵尊が高天原に天下って来る際のいわゆる天孫降臨を題材にしております。

幕出し歌は  〽センヤー天孫舞は いま出てくる

最初に荒舞の調子で猿田彦尊が現れ、四方を祓い清めます。

DSC03262_20140719164955477.jpg

次いで、瓊瓊杵尊と天宇受売命が天降ってきます。

DSC03264_2014071916495702f.jpg

猿田彦t尊と天宇受売命の問答になり、猿田彦尊が天孫を道案内いたしますということで、千代の御神楽となります。

DSC03266.jpg

最後に面を外してのくずし舞となります。
最初は鉾と扇での御神楽舞ですが、途中で刀に持ち替えて抜刀してのくずし舞となります、山伏神楽の形態が見て取れます。

DSC03273.jpg

動画でどうぞ。

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2014.07.19 |

コメント:

大変ですよ。祭りの追っかけ様。やばいです。舘神楽休止状態の危機かも。

2014-08-11 月 20:44:02 | URL | 南部神楽 #- [ 編集]

Re: タイトルなし

南部神楽様 いつもコメント頂きありがとうございます。

舘神楽休止ですか、残念ですが人手不足なのでしょうか。様子をお聞かせください。

「定本」については「南部神楽系譜調査報告書」という資料が中心となっていますが、その他にも参考にしている資料がたくさんあります。お近くの図書館などで探してみてはいかがでしょうか。(販売されていない資料が多いので)

2014-08-19 火 22:57:17 | URL | 祭りの追っかけ #- [ 編集]

鞍馬破りと朝見ずの里

鞍馬破りと朝見ずの里の演目のあらすじを教えてください。

2017-09-06 水 21:07:10 | URL | 南部神楽 #- [ 編集]

Re: 鞍馬破りと朝見ずの里

いつもどうも。もうすぐ登米も秋祭りですね。

さて、あらすじというより概略でよければ次のとおりでしょうか。


> 鞍馬破り

平治の乱で敗れた源義朝の妻常盤御前は牛若丸を鞍馬山へ預けに行こうとしたが、この山は女人禁制だと断られる。
これに対して常盤御前が問答の末に仏道の真意を説いて牛若丸を鞍馬山に預けることができた。という牛若丸物語の最初の場面。



>朝見ずの里

美濃と近江の国の境で、とある宿に入った客が次の朝に出て行く姿が見えないといった噂から名付けられた宿で、つまりは宿泊客が夜盗に襲われる宿ということらしい。

京から奥州平泉へ向けて旅をしていた義経が朝見ずの里の宿に泊まったが、そこに夜盗の頭の伊勢三郎義盛が帰ってきて義経の素性を聞く。これよりは義経殿の配下となり奥州平泉までお供いたしますという場面。

2017-09-06 水 22:21:39 | URL | 祭りの追っかけ #- [ 編集]

教えていただきどうもありがとうございました。v-410

2017-09-07 木 21:23:59 | URL | 南部神楽 #- [ 編集]

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