2014.07.12 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

加賀野神楽 敦盛・玉織姫別れの場 @第10回登米市民俗芸能大会


今朝の4時22分頃福島県沖を震源とするM6.8の地震があり津波注意報が出され、石巻市などで20cmの津波が観測されました。お見舞い申し上げます。

さて、本日はいろいろとあるので昼投稿といたします。
で、加賀野神楽さんの敦盛玉織姫別れの場です。

加賀野神楽さんの由来について

「笹流神楽は、志波姫町出身の南部神楽師・鹿野吉三郎が興した流派で、現在、志波姫に大平神楽として伝承されています。
明治43年(1910)、鹿野吉三郎を師匠に招き中田町石森野元の千葉源吾宅において修練を積み、「野元神楽」として始めたのが「加賀野神楽」の前身で昭和20年(1945)項まで盛んに演じられましたが、戦後は高度経済成長による社会情勢の変化や後継者不足のため行われなくなりました。
野元神楽を伝承していた中田町宝江新井田の熊谷孝翁が大正6年(1917)頃から新井田地区の人たちに教え「笹流新井田神楽」を興しています。
昭和53年(1978)11月、長らく途絶えていたこの神楽を後世に残そうと加賀野地区の青年たちが中心となって同系統の南部神楽である「新井田神楽」から手ほどきを受け、「加賀野神楽」として復活し、その後は「なかだの秋まつり」をはじめ、各種イベントや大会に出演し、現在、若い後継者も育つています。」
保持する演目は、三番叟、八幡舞、五條の橋、軍勢借り、一の谷合戦、東下り等となっています。
昭和53年に保存会を設立し、平成17年に登米市無形文化財に指定されています。
胴は菊池喜一会長さんです。

先日行われたか神楽共演石越大会では迫力の一の谷首取りの場を演じた加賀野神楽さんですが、この日は愁嘆ものです。

敦盛



玉織姫

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一の谷の合戦へと向かう敦盛が、妻の玉織姫に生まれ来る子への形見として黄金造りの短剣と、十一面観音を託す場面です。

DSC02946_20140712085451350.jpg

最後は御神楽で舞い納めます。

DSC02950_20140712085452c7c.jpg

動画でどうぞ。

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2014.07.12 |

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