2014.04.24 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

城生野神楽 平敦盛と玉織姫別れの場@荒砥 

という訳で、城生野神楽さんの荒砥での上演もいよいよ夜神楽にと入って参りました。

寄せ太鼓の後、幕内から次の演目についての口上が述べられます。
「とざい 東西~ 今宵今晩お送りします神楽狂言の一幕・・・続々御覧に入れます、まづはさよう!」
いいね~、夜神楽の情緒がタップリで、幼少期に見た近所のお宮でのお神楽を思い出しました。



よく、「神楽を買われる」という言い回しを聞きます。
買われるとは神楽上演を依頼されるということで、もちろんギャランティーが発生することであります。
特に明治末期から戦後にかけての南部神楽全盛時代は人気の出た神楽団体は近郷近在の寺社祭礼ばかりでなく、遠くの町村まで興行に出かけたということです。

本田安次の「陸前浜之法印神楽」第五章南部神楽の項に「一ノ谷」と題した台本を掲載していますが、これは昭和5年8月1日に仙台の伏見稲荷祭礼に於ける陸中水澤町字福原とあります。

つまり、昭和5年に現在の奥州市水沢区の福原神楽が文字通り神楽を買われて稲荷神社の祭りで南部神楽を上演した時のものです。
今の時代の想像を超えた広範囲な興行範囲であります。
きっと行李や風呂敷に神楽道具を引き包み、蒸気機関車に揺られながら華の仙台に勇んでいったのだろうと思いをいたすのです。

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この日の城生野神楽さんは一の谷を敦盛玉織姫の別れから、熊谷次郎直実との戦、そして敦盛首取りの場を三幕通しで上演いたしました。なんだか豪華だな。
昔の夜神楽は夜7時頃から10時過ぎまで行われていたそうですが、ゆっくりと流れる時間の中で、情感たっぷりの口話を聞きながら神楽の世界に浸っていたのだろうと思います。

無冠の太夫 平敦盛

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敦盛の妻 玉織姫

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忍び寄る源氏の兵士に怯えながら身籠った玉織姫に自分の死後のことを言い聞かせます。
生まれた子が男なら黄金造りの太刀を形見にし、女の子が生まれたら十一面観音のお守りを授けるようにと渡して別れます。

DSC09656.jpg

動画でどうぞ。

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2014.04.24 |

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