2014.04.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

大物忌神社大御幣祭その1

さて、今日は4月の8日でお釈迦様の誕生日である灌仏会なのですが、最近では旧暦で行う寺院が多い。尤も岩手では桜の開花はずっと先のことなのでむべなるかなという感じです。

そんな中ですが、本日からは満を持して(という程のものではありませんが)大御幣祭についてのブログ連載を開始いたします。

と、大上段に構えましたがたいしたことはありません。
今から4年ほど前の2010年5月3日に取材いたしました山形県遊佐町上蕨岡鎮座の鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮の祭礼についてです。

この祭りは国の記録作成等の措置を講ずべき無形文化財であり山形県の指定無形文化財になっております。

祭りの概要は儀礼文化歳時記HPより⇒http://www.girei.jp/seasonalterms/onbei.htm

「上蕨岡は上寺とも呼び、昔は竜頭寺を学頭に三十三坊が軒を連ねる鳥海山の修験者集落であったところである。大御幣祭は修験者が大先達になるための胎内修行の名残を伝えるといわれる。
 紅白の布で包んだ太い青竹を本体にして、扇を先端に、表に日の丸、裏に鏡をはり、日・月を表す。大御幣は神宿の入り口に飾られる。
 大祭は口ノ宮大物忌神社で始まる。午後、神宿で神事が行われる。獅子が舞う御頭神事、続いて巫女舞が奉納される。
 神宿から神社拝殿へ大御幣送りが始まる。大御幣本体の竹を持つ者、上方に結んだ綱を引く者など男たち数十名が、もみ合いながら参道を進む。笛・太鼓で囃す。拝殿参道入り口で、若者が大御幣に登る。頂上の旗を降ろすと、大御幣は一気に参道を駆け、境内に用意された穴に大御幣の根本を差し込み、大きく振り回すこと9回。
 境内の神楽殿で、中世以来の伝統を伝える蕨岡延年が始まる。かつては氏子の通過儀礼で、七歳から稚児舞に参加した。今は七曲が奉納される。 」





大物忌神社拝殿での神事

DSC08337.jpg

神社から御旅所の「大鳳館」まで奉遷の行列。天狗を先頭に高足、神官と続きます。

DSC08426.jpg

御旅所では神事に続いて獅子舞の御頭神事と巫女舞が奉納されます。
梁に貼りだされた御花の札が信仰の広さを物語っています。

また、この会館には祭りの由来が扁額に掲げられていましたのでその原文を掲載します。


「荒ぶる神と言われる素戔嗚尊がオオゲツヒメから五穀の種を受け取り、姉日の神と兄月の神に献上し、日本国中の主食に普及するという「古事記」を現したものである。
御幣はオオゲツヒメ、剣先は日の神、月の神、剣先を抜くのは素戔嗚尊がオオゲツヒメより五穀の種を奪い取ることを現している。
もとは、御幣の紙を剣先と共に民衆が奪いあい、血を流したらしいが今は御幣の分身の花を大願主に差し上げ混乱を避けている」



とあります。

山伏神楽の演目である「五穀舞」では、天照大御神の命を受けた天熊人がオオゲツヒメ(保食神)から五穀の種を譲り受けて天照大御神に献上した物語になっているが、ここ大物忌神社での解釈は天照大御神一族が原住民(保食神一派)から穀物を略奪した経緯を如実に現しているのではないか。
その激しい生殺与奪の様がこの祭りの中心である御幣の奪い合いに投影されている。
そして、御幣の上端にある剣先を取ることにより、その年の豊作が予祝されるという構図になっている。

DSC08430.jpg


祭りの流れは次のとおりであるが、桜の咲くうららかな一日。
約280年の伝統があると言われている鳥海山の修験者由来の祭りについて、明日以降に続編を記したい。

DSC08309.jpg

奉遷行列から御頭神事、巫女舞について動画でどうぞ。

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2014.04.08 |

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