2013.10.25 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

平形神楽 安倍保名捕われの場 @平野神社奉納神楽大会

本日は平形神楽さんの葛の葉物語より「安倍保名捕われの場」についてです。

いつものように平形神楽さん由来は・・・と書こうとしましたが、資料がない。

南部神楽系譜調查報告書では沢辺神楽の項に「城生野神楽の流れをくむもの」であったが、「昭和38年に解散」したとある。
さらに東北歴史博物館発行の「南部神楽に親しむ」での一覧表には
「昭和38年に解散したが、昭和48年頃から子供神楽として練習し、昭和50年には津久毛小学校の運動会で舞われた。成年による神楽は中断している」
とあります。

詳細は後日調査いたします。




演目の安倍保名捕われの場について、当日のパンフレットより画像に合わせて掲載してみます。


今からおよそ千年程前、現在の大阪、阿倍野と呼ばれる所に、阿倍仲麻呂の7代の孫にあたる阿倍保名
という人が居た。保名の父、保秋は、その地方の豪族であつたが、悪人の議言にかかつて所領を没収され
てしまう。そこで優しい心をもつた優れた若者の保名は、家名再興を願つて和泉の国の信太大明神も日参
しておった。ある日慢幕を張り、供の家臣と酒宴を催し、休息していたところに猟大に追われ助けを求め
る白狐が飛び込んできた。情け深い保名は逃げてきた自狐を匿い助けることにした。狐狩りをしていたの
は、河内の国の石川右衛門尉恒平という者で、兄が朝廷に仕えて羽振りがよいので、右衛門ではなく悪右
衛門だと言う位、平気で悪事を重ねる占い師でもあつた。

IMG_2187.jpg

信太ヶ森から追い出し、逃げてきた自狐を見て
いない筈はないと右衛門らと言い争いになり、保名は捕われの身となり折檻を受けているところに、正覚
庵の住職、来萬和尚が現れて仲裁に入り、保名の命を救つたのだつた。

IMG_2194.jpg

この和尚こそ保名に匿われて命拾いをした白狐だつた。仲裁にあたり、「例え鳥蓄類として、生あるものをむやみに殺生しない道理は、恒日頃修行に励む仏法の教えなる」と保名の心中を吐露し、右衛門を説得したのだつた。

和尚はこの場に現れたいきさつを語り、元の狐に戻り、住処の信太ヶ森へ立ち去つた。

IMG_2197.jpg

怪我を負わされた保名は、都へ上れば笑い種となり恥辱と思い、取りあえずは傷を癒やすため、厳の瀧にて休息することにし、瀧へとむかったのであった。

IMG_2200.jpg

動画でどうぞ。

関連記事

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2013.10.25 |

コメント:

コメントの投稿


非公開コメント

«  | ホーム |  »

プロフィール

祭りの追っかけ

Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -