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2023.12.07 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ剣舞

川西大念佛剣舞「入剣舞・押込」@2023第18回奥州市郷土芸能の祭典

さて本日は、2023年11月19日に行なわれた第18回奥州市郷土芸能の祭典から川西大念佛剣舞で入剣舞・押込です。

川西念仏剣舞の由来についてです。

「藤原清衡公が江刺の豊田館から衣川を越えて平泉に入り柳の御所造営していたころ、夜な夜な亡魂が物の怪となって世の中を荒しまわり、人々を恐れおののかせ惑わせました。清衡公は、これはどういうことかと、中尊寺のお坊様に相談しました。お坊様は「これは、過ぐる前九年・後三年の合戦において非業の最後を遂げた人たちが、成仏しきれずこの世をさまよっているものです。刀や弓で収められるものではなく、お釈迦様のお力で鎮めるしかありません」と語りました。清衡公は早速、山王権現に七日七夜のおこもりをしました。満願の日に一匹の猿公が現れ、荒れ狂う亡魂の中に混じり、猫間が淵(柳の御所と無量光院の間)に沈めていきました。御仏が猿の姿に身を変えて亡魂たちを浄土へと導いたのだと気づいた清衡公は、このことに感激し、家来の佐野弥左衛門に命じて、この様子を模し、創らせたのが川西大念仏剣舞です。なお、剣舞を創った佐野弥左衛門は、金色堂前の一角に葬られ、その墓は現在も剣舞塚として語り継がれています。」

ということです。

現在の代表は伊藤敏男さんです。

なお、上記の由来は、川西大念仏剣舞に伝わる年代不詳の「剣舞由来」に記された内容のものですが、平泉の佐野弥左衛門が念佛剣舞を中興したのは永徳三年(1383)であり、それは「高舘モウケ」と称されるもので、おそらくは念佛踊のようなものではなかったかとされている。
今日踊られている念佛剣舞は、後世に修験山伏が神仏習合の踊りとして構成し、さらに風流踊りとして組み直されたものではなかったか。



保持する演目は大念仏剣舞、怒物として八人、六人、三人、二人。一人怒物として押込、魔王、猖足などがある。

最初の演目は入剣舞

大念仏剣舞には入剣舞、中剣舞、引き剣舞がある

入剣舞は、庭入りして最初に踊る曲で、回向念佛に続いて扇で踊る。
終盤には扇引きで踊りながらサルコがイカモノを済度していく様を演じる。

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次の「押込(オッコミ)」は山伏の祈祷舞のようなである。
押込の所作には、野獣のような少し道化けた所作が観られるが、これについて小形信夫は「念仏剣舞」の中で壬生大念仏狂言の人形振りに相似しているという。

20231119142147IMG_9822.jpg

最後は刀で四方を切り払い荒れ狂うという勇壮な舞です。

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動画でどうぞ


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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2023.12.07 |

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