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2022.12.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

丑石鹿踊「入庭、ざっざこ入庭 他」@2022第43回大東郷土芸能発表会

さて本日は、2022年12月18日に行なわれた第43回大東郷土芸能発表会から丑石鹿踊です。

丑石鹿踊の由来について

「一関市大東町鳥海に伝承する仰山流山口派といわれる流派で、寛政12年に築館村前田野(大東町沖田)の武左衛門から久三郎が弟子人始末書を差し出して習得し、仲立ちとなって踊り組を結成したのが始まりとしている。
鳥海の物沢の及川新栄家隣地の林に寛政12年の久三郎他12名の鹿踊供養碑が残っている。
後に隣接する中川や京津畑にも伝えたが現存していない。
古くから伝承されてきたが、しばらく休止期間があった。
平成8年に有志が集まり復活させ、現中立ちは歴代29代目となり活動している。」
とういことです。現在の保存会代表は菊池敏信さんです。



森口多里が岩手の民俗芸能獅子踊篇の中で丑石鹿踊りの装束についてこう解説している。

「大東町興田字丑石のシシ踊りはカシラも太鼓も小さい。メジシの角は短く竹を切って用いてる。ササラは頂端に鶏の毛を付けている。前幕は井げたに七ツ連ねただけで井げたの中に九曜星を配している。その上方左右に扇、下方左右に九曜星を竪に七ツ連ね、その上方に行山の二字を竪書きし、下方左右には九曜星、中立とメジシだけは前袴に束ね熨斗を染めぬいている。ナガシは地に付くほど長く、波に兎の垂袖を上に結んでいる。一般のシシ踊りは白足袋をはくが、ここでは黒足袋に切緒の草鞋。」と。

しかし、この日見た前幕紋は輪違であるし前袴は蟹牡丹や稲穂であった。昭和44年の記録なので変遷があったのであろうが、この紋は別の鹿踊組でもよく見かけるので定番なのかもしれない。

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流しは他の山口派と同様のもの

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一人狂いで背中のササラを前に突き出す肩入れ。ヤナギを切るとも言うようです。

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三人狂い

なかなか拝見できる機会の少ない丑石鹿踊ですので、貴重な機会となりました。

20221218105314IMG_2568.jpg

動画でどうぞ

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

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