栗原神楽「勧進帳」@2022三代目栗原神楽50周年+1記念公演
さて本日は、2022年11月6日に行なわれた三代目栗原神楽50周年+1記念公演から栗原神楽で勧進帳です。
この日は三代目の記念公演ということでしたが、初代は明治12年の創始、二代目は昭和五年、そしてその二代目から昭和四十六年に受け継いだのが現在ある栗原神楽保存会ということなそうです。
三代目が引き継いだ当時は若者だけで立ち上げたということですが、50周年ということは?0歳+50歳=??歳
神楽は年齢ではありません 神そして民衆のために踊ることを見事に示した記念公演でした
さて、勧進帳
南部神楽でも人気の演目ですが、大概は安宅の関という演題ですが、栗原神楽では勧進帳という外題にこだわります。
それは、動画を見てもわかるとおり神楽の筋立て、セリフが歌舞伎十八番の勧進帳そのものだからです。
兄頼朝に追われる身となった義経は山伏の姿に身を変えて奥州平泉へと弁慶他数名の郎党を引き連れて落ち延びることにしました。
弁慶さんです
加賀国の安宅の関に着くと関所の役人が怪しい山伏が来たと関守の富樫左衛門尉に告げます。
富樫が一行に疑いをかけて、東大寺勧進の旅ならば勧進帳を所持していようと問いかけます。
そこで勧進帳の嘘読みとなるのですが、栗原神楽さんは歌舞伎通りに全部読み上げました。
弁慶役の佐藤さんに敬意を表して勧進帳全文を掲載してみます。すごい記憶力です!
「大恩教主の秋の月は 涅槃の雲に隠れ 生死長夜の永き夢 驚かすべき人もなし
ここに中頃の帝おわします 御名を聖武皇帝と申し奉る
最愛の夫人に別れ 追慕やみ難く
涕泣眼に荒く 涙玉を貫く
思いを先路に翻し 上求菩提の為
廬舎那仏陀 建立したもう
然るに去んじ治承の頃 焼亡しおわんぬ
かかる霊場の絶えなん事を嘆き
俊乗坊重源 勅命被って 無常の観門に涙を落とし
上下の真俗を勧めて かの霊場を再建せんと諸国に勧進す
一紙半銭奉財の輩は 現世にては無比の楽を誇り
当来にては数千蓮華の上に座せん
帰命稽首 敬って白す」
そして、尚も疑いの晴れぬ富樫は弁慶に修験山伏の問をかけます。
いわゆる山伏問答ですが、こちらも歌舞伎の山伏問答そのままの熱演で、長いセリフが続きます。
というより、これだけ山伏に関することを言上できればまさに山伏修行を会得したと同じですね。
さらに、富樫の家来が山伏の従者に判官殿によく似たものがいると忠告するので富樫が顔を改めると「判官殿にさも似たり」と見悟られる。
その疑いを晴らすため弁慶が咄嗟の判断で主君である義経を打ち据えます。
〽 ときも時なら人も人 判官殿に似たりと関守殿の心を迷わす不届き者
汝がいては修行にならぬ 打ち据えて追放するほどに覚悟せよ
その心意気に打たれた富樫は義経一行を逃すことを決心します。
〽 ここで判官殿に縄を掛けるより、武士の情けの掛けどころ
名演技に場内は大拍手です。
無事に関を通り抜けた義経と弁慶ですが、源氏再興を思いながらも命を落とした家来衆に思いを馳せます。
大変見事な勧進帳でした。
動画でどうぞ
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