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2012.11.09 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

気仙の悪魔払い 浦浜&甫嶺の獅子舞

陸前浜から三陸沿岸一帯では正月に春祈祷の悪魔払いで獅子舞(権現様)が家々を祓って歩く。
志津川町戸倉の春祈祷について「獅子舞の一行は民家の座敷から入って勝手から出る。家々の主婦はこれにザルに入れた豆腐を差し出し獅子の歯でかませる。」とある。(陸前北部の民俗より抜粋)
しかしながら、此度の災害によりその大部分の獅子舞が被災したことと思われます。
今年の始めの大船渡での春祈祷のようすが阿部さんのokuderazekiブログに詳述されていますのでご参照ください。
リンク⇒http://okuderazeki.at.webry.info/201201/article_1.html
ということで、今日は2つの獅子舞と権現舞についてです。

浦浜西区権現舞


由来と演目について、当日のパンフレットより


昭和11年「悪魔払い」の旅人から獅子頭を譲り受け、同年地元の森氏により「地の森権現舞」を伝授されてからが始まりである。
昭和15年に行われた「紀元2600年祭」に参加。以後伝統継承を続け昭和61年11月に「浦浜西区権現舞保存会」を設立し今日に至る。
昨年東日本大震災により「獅子頭、太鼓」共に被災したが、大船渡市郷土芸能協会様の御協力により「太鼓」2つを新しくすることが出来た。

演目 コバヤシ:道中等移動する時に踊る。
   地の森:正月の「悪魔払い」等の時に踊る。



来年のお正月の悪魔払いが気になりますが。

DSC09183.jpg

さて、次は甫嶺の獅子舞について、旧三陸町の越喜来湾の根本が浦浜地区で岬へ向かって甫嶺~綾里と続きます(かなり大雑把な説明)この種の三人立獅子舞(太神楽)は旧藩境の唐丹以北では見当たりません。
海路伝承が想像できます。

太鼓について、大太鼓の上に小太鼓を重ね、その上に榊と御幣を立て、日の丸を交差させて天照皇大神を象っている。最初の打ち鳴らしが圧巻である。

DSC09231.jpg

由来と演目について

甫嶺獅子舞は山伏神楽系の一種で、安政年間に三陸地方の大津波が起こり、凶作が相次ぎ被害甚大にして住民たちは途方に暮れていた。その折、山形は羽黒山に住む多<の山伏たかが、祈祷師として三陸一帯に立ち入り、獅子頭をご神体としてこの地に持ち込まれたことにはじまったと伝えられている。
また当地の獅子頭は赤獅子頭と言われ、大津波や相次ぐ凶作に見舞われた時に住民達が獅子頭を引出し無造作に踊り狂い厄病を払ったと言い伝えられている。上下に大き<動き、左右に飛び、他に見られない勇壮な舞である。しかし、現在の踊りの型がいつの時代から始まったかは全く不明である。



DSC09249.jpg

演目の紹介
  登りふじ:通りばやしに入る前のはやしで、主に神社などの奉納時などにはやされる。
  通りばやし:道行く場の厄を、払い清めながら舞い進む型である。
  大蛇神楽:無病息災を祈り舞う型で、獅子頭はいかにも悪魔に向かって食いつかんばかりの勇壮な舞で声をかけながら踊り狂う舞である。
 小ばやし:悪魔退散の後払いをしながら、悠々と舞い進む舞である。
 下がりふじ:現在途絶えているが、先輩方が元気なうちに復活させたいと思っているところである。



DSC09295_20121110090627.jpg


動画でどうぞ。



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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2012.11.09 |

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