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2021.02.13 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

村崎野大乗神楽「岩戸開」@2014第20回大乗神楽大会

さて本日は、2014年6月8日に行なわれた第20回大乗神楽大会から村崎野大乗神楽で岩戸開です。

その前に村崎野大乗神楽の由来について

「村崎野大乗神楽は、天照御祖神社の付属神楽です。奥寺八左衛門配下の山伏・佐々木惣二郎が加持祈祷して寛文六年(1666)に水の取り入れ口を見立て九年後に堰が開通し、元禄二年(1689)村崎野に神社(妙法院)が移りました。そして周辺の山伏達と和賀山伏神楽を起こしたと言われています。幕末にはその神楽も衰退、万法院で開かれた大乗会を契機に広まった神楽を取り入れ大乗神楽として再興されました。
昭和二五年まで神社の宮司。伊勢潔が榊を舞い奉納し、続いて飯豊の斎藤徳重が幕神楽を奉納していましたが、昭和二九年に中断し権現舞のみになりました。昭和五九年、保存会が結成され、中野善一が北笹間大乗神楽の小原長次ヱ門より榊を伝授、平成八年四月十六日春祭りで奉納し幕神楽を復活しました。その後、3人が榊を伝授し、多くの演目を復活
しています。平成十六年の大乗会には、宿・上宿両神楽に榊を伝授、鬼門を見事復活させ大乗会の成功に貢献しました。
神社の元旦祭に奉納、火防祭、四月十六日伊勢神社春祭り、北上大乗神楽大会、北上みちのく芸能まつり、九月五・六日伊勢神社例大祭、十一月上旬三月田不動尊へ宿大乗神楽。上宿和賀神楽と共に毎年奉納。十二月の二子地区大乗神楽発表会や舞初め、各種イベントで活躍しています」

とのこです。

DSC0222220160818111837.jpg

岩戸開きの演目であるが、大乗神楽では天の岩戸を六曲の屏風で表してる。
陸前浜の法印神楽でも、天の岩窟は高舞台の方に屏風を立てて、その中に天照皇大神が待機する形式を取っているので、その形が継承されたものと思われます。

言事が幕内からかかる中で、翁面の鹿島大明神と客僧面の猿田彦命が出て一巡り「天下泰平国家安穏風雨順時五穀成就万民豊楽千代の御神楽を奏し給う」で二人の御神楽舞となる。



二人が幕に入ると、次に手力雄命が白装束で現れます。
四方を踏んだ後に扇を後方へ投げて扇納めして後に天の岩戸に向かう。

DSC0222020160818111835.jpg

その次に天の岩戸に近づいて中を窺ったり物音を聞く仕草をし、天照皇大神がいると確信するや注連縄を切って「天の岩戸は今やあくらん」と掛け声を掛けて岩戸を開きます。

尚、昔はこの注連縄は安産のお守りになると言われていたそうです。

DSC0222620160818111833.jpg

出てきた天照皇大神は三礼をし、四方切りを舞って幕入りとなります。

DSC0223120160818111837.jpg

山伏神楽でも法印神楽でも天照皇大神は出てきて立っているだけの象徴的な存在で、踊躍するのは天宇受売命の役割となっていますが、こちらの大乗神楽では双方が併せ持った存在となっているような感じです。

尚、大乗神楽では岩戸開は平神楽では演じず、特に依頼があった時だけ舞うこととしていたという。

DSC0223520160818111839.jpg

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2021.02.13 |

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