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2019.03.30 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリシシ踊り

田郷鹿子踊@釜石うみやま郷土芸能大競演祭

さて本日は、釜石うみやま郷土芸能大競演祭から田郷鹿子踊です。

田郷というのは鵜住居川沿いの川目地区で、川の上流の橋野地区は遠野伝来の黒幕の幕踊りがあるが、栗林から下流は極彩色の頭と前幕の鹿踊りとなる。
その伝承譚はほとんどが「元禄、宝永年間(1688~1709年)に鹿嶋の扇州から来た唯喜傳治から習い覚えた」という共通のものがある。



ということで、昭和45年刊「栗橋小誌」より鹿踊発祥の起源を引用すると

「 房州に庄兵太という百姓が いた。妻と子供三人、母親を養う六人暮らしで、たいそう貧乏であった。
年貢も納めることが出できなかったことから、上様より呼び出しを受けた。
当日になり、庄兵太は呼び出しの時刻に遅れていったため、役人は大いに怒り、殿に申し上げて手討ちにすると言い渡された。
庄兵太は.遅れた理由を次のように申し上げ、許しを願い出た。
「役所に来る途中、広い野原にさしかかると、七、八頭の鹿が集まって木を廻りながら足をつがえ、頭を振り、あるいは跳ね回り踊っていた。そのうち、大きい鹿は、木に角をすりつけながら、体をひねり うしろまえとがわるがわる角を磨く様に踊っていた。
それの榚子につい見とれて遅れてしまった。誠に申し訳ない。」
このことを聞いた役人が「それならば、その鹿のまねをここでやってみるがよいと仰せられたので、庄兵太は決意し、一札して立ち,
一本の手拭いを両手に広げて持ち、真剣に、一生懸命踊り、鹿の野生本能の表現に汗を流した。
その熱意に役人は感じ入り、彼の罪を許した。庄平太の表現が踊りになっていたのを見た役人は、「里へ帰ったなら改めて踊りにし、教え広めよ」と仰せられた。」

174IMG_9970.jpg

雄鹿です。
釜石、大槌から下閉伊にかけて共通する頭の角型ですが、田郷鹿踊のが一番威容があると思います。

183IMG_9979.jpg

牝鹿です。鹿頭の建物は、やはり月に叢雲で角には星が入っています。

180IMG_9976.jpg

雌獅子狂いです。

189IMG_9985.jpg

雌獅子狂いの時に胴前が煽り立てるのは宮古周辺の特徴かと思っていましたが、そもそも鵜住居の鹿踊が元だったことに気がついた次第。

191IMG_9987.jpg

動画でどうぞ

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2019.03.30 |

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