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2012.07.23 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

笹谷流畑岡神楽 矢田部判官地所検問の場

今日は午前中肌寒い天気だったが、午後から急に暑くなった。寒暖の差が激しすぎる・・・

さて、本日は笹谷流畑岡神楽さんの「矢田部判官地所検問の場」について

畑岡神楽さんの由来については次のとおり

明治の初め、南方町西郷平貝の高橋常右衛門は、中尊寺で見た南部神楽が非常に賑やかで面白かったので地元で演じたいと願い、岩手県一関市赤荻字笹谷から南部神楽師・鈴木三郎右衛門を師匠に招き、天神様に奉納したのが始まりで、その後、平貝に後継者が無くなり明治40年(1907)頃から南方町畑岡の只野善右衛門を代表に愛好者10名で始めたのが「畑岡神楽」と言われ、今日まで伝承されています。
なお、神楽師匠の出身地である笹谷から流派名を取り「笹谷流」となしています。
その後、南方町青年団が文化活動に「畑岡神楽」を取り入れ、昭和63年(1988)には「五色膳舞」で全国青年大会郷土芸能の部に出場し、最優秀賞を受賞しています。



演目は泉州信田郡を領地に賜った判官が、領内の地所検分に行くと村長が信田の森に白狐が神様として祀られていると聞き、不審に思い家臣の石川悪右衛門に狐退治を命じるというもの。
この話は狐が逃れて安倍保名にかくまわれる葛の葉の前段になっています。

         矢田部判官       と       村長

  DSC02417.jpg

白狐ですが、このような狐面は初めて見ました。
それに信田の森関連の演目で狐が出る場合は全身に白い服(シャツと股引?)ですが、ここでは狐面に白布を被っての表現となっている。

DSC02439.jpg

動画でどうぞ。


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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2012.07.23 |

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