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2018.06.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

鶯沢神楽 敦盛、玉織姫別れの場 @ 花山寒湯番所神楽鑑賞会

さて本日は 花山寒湯番所神楽鑑賞会から鶯沢神楽さんで敦盛、玉織姫別れの場です。

その前に、鶯沢神楽さんの由来について定本より

「明治初年、玉井豊之助、小野寺久五郎の両人が世話人となり、岩手県西磐井郡萩荘村達古袋神楽の師匠を招き、神楽の伝授を受け日向神楽を創設した。
戦前、戦後舞方が少なくなり中断していたが昭和三九年、町教育委員会が郷土芸能後継者養成講習会を開催した。講師は小野寺捨男、小野寺東策の両師匠の指導であった。
これを機に鴬沢神楽保存会を組織し現在に至る。
なお、明治一八年、二○年の二回にわたり、伊勢神宮に神楽を奉納したという。
また、大正年間、田谷神楽(江刺市愛宕)の指導をしたともいわれている。
初代庭元玉井豊之助、現在の庭元岸湊は六代目である。」

ということです。現在の代表者は高橋長人さんです。



源平の雌雄を決する戦場一の谷の陣屋に、若き夫の平敦盛を尋ねきた妻の玉織姫

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無冠の太夫平敦盛は戦場に女が来ることは武士の道に悖ると帰そうとします

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ところが、若妻玉織姫には七月半の身籠りありと聞かされ、せっかく断ち切ったこの世への未練がいや増すことになってしまう。
そこで子供が男の子なら黄金造りの短剣を、女の子なら十一面観音菩薩を肌の守りとするようにと渡します。

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この度の戦に遅れては後日の不覚末代の恥辱なり、よって先陣つかまつる、汝我が討ち死にと聞きなば何処へとも逃れ落ち延びて安産なすべし、とて縋り付く玉織姫の手を払って出陣していきます。

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おお別れ悲しや夫様 然れども戦場にては我等妻子を思い給わず何卒高名手柄を現し後世に御名を御留め給いやのう

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動画でどうぞ

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2018.06.05 |

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