2017.05.10 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

館下神楽 一ノ谷敦盛首取りの場@第47回岩手県南・宮城県北神楽大会

さて本日は、第47回岩手県南・宮城県北神楽大会から館下神楽さんで、一ノ谷敦盛首取りの場です。

その前に館下神楽さんの由来について

「昭和五三年四月、田中安雄が庭元となり神楽愛好者数人が、志波姫の刈敷神楽佐藤典雄師匠の指導を受け、舘下神楽を創設した。刈敷神楽は、栗駒町栗原神楽の佐藤正吉師匠の指導により復活したという。
初代庭元田中安雄、二代目は曽根英寿である。」

保持する演目で代表的なのは御所の五郎丸陣屋巡りの場、法童丸庭園の場、安倍保名一代記 等となっています。

現在の代表者は柳澤良夫さんです。



演目について

「平敦盛 花の16歳、一ノ谷の戦いに敗れ四国屋島に向かう途中、青葉の苗と家宝の巻物を忘れ、取りに戻り、その間に味方の舟に乗り遅れてしまう。
そこに源氏の武将熊谷直実に呼び止められ戦うが、熊谷に組み伏せられてしまう。
熊谷は敦盛と名を聞き、我子小次郎直家と同世代、父の平常盛公への思いで余りにも不憫と思い逃し助けてやるが

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源氏方の平山判官大将に見つかり平家の公達敦盛の首を取らねば、汝親子の首を討取るなりと言われる。

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致し方なく熊谷は敦盛公を再び呼び戻し首請いをするのである。

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しかし熊谷直実は敦盛公が、かつて自分が仕えた常盛公の子であり、我子直家と同じ歳であるということが脳裏をかすめ、直実は首を討てない。
逆に敦盛公に「情もないぞよ熊谷殿、我細首討ち取れんなら自ら―人にて自害なす」と言われ、泣く泣く首を取る場面であります。

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敦盛公の首級を携えて、平山判官の首検分を終えた熊谷は敦盛を手厚く葬ると出家して法然上人のもとで蓮生坊となります。

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動画でどうぞ。

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2017.05.10 |

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