2017.03.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

峠山伏神楽 天王舞@第13回いわい地方民俗芸能祭

さて本日は、第13回いわい地方民俗芸能祭から峠山伏神楽さんで天王舞です。

峠山伏神楽さんは正式名称を早池峰系大償野口斎部流猿沢峠山伏神楽といいます。
その名のとおり大償の別系である野口伝斎部流です。

「天保年間に飢饉がもとで早池峰の大償神楽の神楽師が一時東和町東晴山の横川家に身を寄せて、神楽を伝授した。
その当時、猿沢では峠金山が隆盛を極めていたが、若者の風紀が乱れたためそれをただすために若者たちに神楽をやらせようと、村上友十郎・新山久之助・菅原吉之助が米味噌を背負って東晴山の横川瀬平氏に12回教えを受けに通って習得した。
しかし、終戦後には廃絶寸前まで廃れたが昭和31年に地元の神楽研究家である村上護郎先生が大償から佐々木直見、藤原貞治の両氏を招いて2週間の稽古をしなおして、稽古開きには大償神楽、東晴山神楽、峠山伏神楽の三団体でもって猿沢公民館で舞い合わせ大会を開いた。」(出典:大東町の民俗芸能、民俗芸能ノート第1号)

とあります。

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峠山伏神楽さんでは、従来そうであったように、冒頭に修験者(役)の法螺貝吹奏にて始まります。



演目の天王舞は早池峯系山伏神楽ではよく演じられ、道化を伴って中入りの楽しみ的な内容となっていることが多い。
物語は牛頭天王の巨旦将来退治と、蘇民将来の子孫を疫病から守るというものです。

しかしながら、その筋立ては岳、大償それに晴山の斎部流とでは多少異なっている。
こちらでは、烏帽子に黒尉面をつけた蘇民将来が杖を持って出て舞う。

牛頭天王=武塔神(素戔嗚尊)が南海に妻を娶りに行く途上、一夜の宿を乞うも富豪の巨旦に断られも貧しい蘇民将来がこれに応じた。

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南海で頗梨采女を娶り、八人の子を得た牛頭天王が再び蘇民将来の元を訪れ、巨旦を退治に行くが、身内の者には茅の輪を腰につければ難を避けること必ずと申し伝えます。

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頗梨采女です。

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牛頭天王の子、八王子神です。

かくて神戦が始まります

〽 應謹上再拝 吐普加身依身多女、坎艮震そんりこんだけん 祓い給え清め給う、神の軍を始むべし


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ということで、巨旦が道化役で出てきて、背負ってきた箱から様々の武器 といっても、約束通り鎌や柄杓や木槌を取り出して戦うもあえなく敗戦して幕に入る

DSC01352_201703212151194e5.jpg

めでたく退治した所で千代の御神楽、崩し舞にて舞い納めます。

DSC01362.jpg

動画でどうぞ。

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2017.03.21 |

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