2016.12.16 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

京津畑神楽  鶏舞群舞

さて本日は、一関市大東町の京津畑神楽で鶏舞です。

その前に京津畑神楽の由来について定本より

「明治三五年頃、丑石新田の伊藤千松より神楽の話があり有志で習い始めた。
明治三七年、小山忠治が庭元となり、田河津高金の佐藤金治郎夫婆を招き、二ヶ年間滞在し神楽の指導を受けた。面、装束、用具等すべて佐藤金治郎夫妻の手作りで、京津畑神楽を創設した。
初代庭元小山忠治、現在の庭元菊地照夫は五代目である。」

とありますが、現在の代表は伊東光浩さんです。



南部神楽での鶏舞は、通常四人舞ですが、この日は京津畑地区で様々な取り組みにより神楽に参加している方々がこぞっての上演となりました。

IMG_8781.jpg

神楽を舞う人々も、それを楽しみに見守る人々も同じ大東町の皆さんです。
集落の絆があってこその郷土芸能ですので、大東町は一関市に合併されても尚このように中身の濃い上演会が成り立つのだなと思いました。

IMG_8782.jpg

さて、この京津畑神楽は天才神楽師と名声の高かった佐藤金治郎が妻女を伴って宿営しながら神楽を伝授した集落という伝えがあります。

IMG_8785.jpg

私が最初に京津畑神楽を見たのはつい最近ですが、それから10年も経ないうちに、盤石な神楽団体へと変容しました。

毎年秋に旧京津畑小学校で開催される山学校の催しととtもに、神楽も永く続いていくことを祈念します。

IMG_8788.jpg

動画でどうぞ。

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2016.12.16 |

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