2016.11.27 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ田植踊り

湯元田植踊 @36回金ケ崎町郷土芸能発表大会

さて本日は、36回金ケ崎町郷土芸能発表大会からゲスト出演の仙台市秋保の湯元田植踊です。
これは、ユネスコ無形文化遺産であり、国指定の重要無形民俗文化財となっています。

湯元の田植踊の由来は次のとおり

秋保温泉に祀られている薬師堂に奉納した五穀豊穣祈願の手踊りがはじまりと言われています。その後、湯治場のにぎわいに誘われて全国より集まった東下りの旅芸人や、慈覚大師によって開かれた修験の道場を訪れる法印山伏の太平楽などの影響を受け、今日の12種類の踊りが工夫されたようです。現在は、毎年5月5日に開催されている薬師堂の子育薬師祭において奉納されています。



宮城県内の田植踊は、仙台城下の他に旧宮城郡、黒川郡、名取郡にそれぞれ分布している。
このうち、仙台田植には大沢、芋沢の田植踊、秋保の田植踊そして愛子と大倉の役人田植踊などがある。

湯元田植踊は、馬場および長袋とともに秋保の田植踊として伝承されているが、その中でも古いものとされている。

芸能の構成は、囃子手の他に弥十郎と呼ばれる進行役と少女が演じる早乙女(江戸期には女装の男子だったとも云われる)
である。

弥十郎は本来は2人で、それに鈴振りがつきますが、この日は4人の男子で弥十郎を演じていました。

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因みに、弥十郎の上着(ブッツァキ)の背中には蕪紋が入ります。

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菊池和博のレポート「菅江真澄の江戸期「胆沢郡徳岡田植踊」と豊作祈願芸能」によれば、これは、江戸時代の十返舎一九による「方言修行金草鞋」の中に「本宮宿」という場面があり、そこに「屋ん十郎」の姿が描かれており、蕪紋の前掛けを付けているとのこと。本宮宿は現在の福島県本宮市であり伝播が想起される。

<方言修行金草鞋 六巻 本宮宿>

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弥十郎の演目口上で進んでいく。
この日の演目は、道中囃子で庭入りし、入羽、一本そぞろぎ、二本そぞろぎ、鈴田植、銭太鼓、はね太鼓dした。

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この後、中入りのような「褒め言葉、返し言葉」を客席内と踊りの場で応答されます。
以前に秋保で湯元田植踊を見聞した際には、客席の後方から呼びかけるように褒め言葉をかけていました。
先日の当ブログにて金ヶ崎三ヶ尻の田植踊でも褒め言葉と返し言葉にふれましtが、これは喩えて言えば鹿踊における「投げ草」と同様に、褒め言葉を掛けられた時点で踊りを中断し、それが終わると中断した所から踊りを再開するという高度なことをしなければなりません。
これも「粋の技」といったことなのかもしれません。

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最後に跳ね太鼓です。

これは、それまで大太鼓役が叩いていた太鼓を持ち上げ、早乙女が綾棒を手に踊りながら太鼓を順に叩くというものである。
何度も言いますが、これを見るたびに伊勢神楽の花太鼓を想起させられ混ます。
なれど、この田植踊が田楽由来なのか神楽由来の要素があるのか、諸説にはいろいろとるようです。
湯元田植踊は例年5月5日の湯元泉明寺 「子育薬師祭」で上演されます。いつか見に行きたいと思います。

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動画でどうぞ。

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.11.27 |

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