2016.11.08 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

達古袋神楽 弁慶安宅の関 @金鶏山夜神楽

さて本日は、金鶏山夜神楽から達古袋神楽で弁慶安宅の関 です。

その前に、達古袋神楽さんの由来について定本より

「明治二年の火災で記録を失ったので資料はないが伝える所によれば、八幡神社は田村麻呂公の勧請といい、康平五年(一○六二)八月一五日再建の棟札もある。
八幡山常学院は、京都本山派の相模坊が、文明一○年(一四七八)開設し、古くから八幡神社の奉納神楽として法印神楽が舞われて来た。
なお弘化年代(一八四四)に神楽も盛んになり、明治以降には、胆沢地方、宮城県北、栗原郡、玉造郡等にも伝えられた。
明治以前は常学院が宮元となり指導に当ったが、以降の歴代師匠は、明治一一年小野寺伊三郎、明治二○年阿部徳太郎、明治二五年小岩勝蔵、明治三○年小岩利右エ門、小岩彦三郎、大正九年~昭和三八年まで阿部長治、以降阿部孝が指導に当り後継者の養成に当った。」

とあります。現在の代表は小岩恭一さんです。

会場はそろそろ夕闇が降りてきて、まさに夜神楽の雰囲気たっぷりになってきました。



幕出し歌がかかります

〽 センヤ 義経はよ 平泉さしてぞ 急ぐなりホー 急ぐなりホー

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「セン八雲立つ」のネリで入り込む義経と弁慶主従です

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平泉に向けて山伏姿に身を変えて、安宅の関を抜けようとしますが、関守の富樫左衛門尉泰家に呼び咎められます。
大仏建立寄進の一行とあらば、寄進勧進を述べよと弁慶に迫ります。

関守の富樫と弁慶の勧進帳空読みの場面です。

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後ろに控えた剛力姿の義経を見た富樫に正体を見悟られ、弁慶が苦肉の策を取ります。
義経打ち据えの名場面です。

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「彼も人なら我も人、彼も武士なら我も武士。ここで判官殿に縄を掛けるより、武士の情けの掛けどころ~」
ここでまた快哉の大拍手が起こります。これぞ南部神楽!!

IMG_7824.jpg

動画でどうぞ。

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2016.11.08 |

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