2016.10.29 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

長下田神楽 高野山物語より石童丸@ 第39回平野神社奉納神楽大会

さて本日は、第39回平野神社奉納神楽大会から競技演目のトリになります長下田神楽で高野山物語より石童丸です。
この日は準優勝でした。

その前に、長下田神楽さんの由来について

「明治26年(1893)、岩手県西磐井郡花泉町の上油田神楽の南部神楽師 佐藤和三郎を師匠に招き、五穀豊穣を祈願して「橋向神楽」として創設されましたが、その後、二つに分かれ、昭和24年(1949)池田清治を師匠に「長下田神楽」として継承され、現在に至っています。」

とあります。現在の代表は猪股一雄さんです。



演目について当日プログラムより抜粋

「八百余年の昔、九州は筑紫、筑前、肥前、肥後、薩摩、大隅六ヶ国の守護職をつかさどる加藤左工門繁氏は、花見の酒宴の折、酒杯に散り落ちてきた桜の花びらを見て、(生あるものは必ず死に帰す。人生の無常ということを知らずに、栄華をほしいままにしている自分)を感じ、仏門に入るとて出家してしまう。
後に残された妻、千里の前の胎内には、すでに石童丸が宿されていた。

時過ぎて早や14年、山遊びに出た石童丸は、巣の雛鳥に餌を運ぶ鶯を見て、「鳥畜類にさえも両親様がおるのに、何故におのれの父はない」と母に迫る。

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母千里の前です。
「汝も父を慕うかよ。この母とても同じこと・・・と、二人連れ立って高野山に向かう。目指す高野山に来てみれば「女人門に入るべからす」の高札。母をふもとの学文路の宿に休ませ、石童丸は一人高野山に、刈萱道心と名乗るまだ見ぬ父を尋ねて登る。

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三千有余の寺防ある高野山中を父を求めて登ると、山を降りてきた和尚様に出会う。
名乗りを上げてわが父繁氏を知らぬかと問うと、和尚様は顔をそむけ涙を流す。
それもそのはず、今は刈萱道心とて仏門に仕える繁氏本人であつた。

IMG_7419.jpg

だが、仏門に捧げたわが身、心を取り直した刈萱は、「汝の父は去年の秋、不浄の風に誘われて今はこの世の人でなし。」と偽り、
父の墓所に誘う。墓の前で泣き崩れる石童丸を論し、母の待つふもとの宿に帰らせる場面。

IMG_7425.jpg

動画でどうぞ。


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2016.10.29 |

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