2016.10.01 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

大室南部神楽 水神舞・くずし舞 @中尊寺奉納神楽

さて、本日は中尊寺奉納神楽の第2週目に上演された大室南部神楽さんの子供たちによります「水神舞とくずし舞についてです。
大室南部神楽が岩手県で上演されるのは一関市藤沢町の下大籠以外では初めてだと思います。

そんな訳で、大室南部神楽さんの由来について「大室南部神楽保存会 演目帖」より抜粋掲載致します。

「大室南部神楽は大正10年、岩手県一関市藤沢町(大津保村)出身の神楽師・千田清人氏が舞を指導したことに始まるといわれており、磐井地方の流派、瑞山流を継承しています。千田氏は大室の佐藤庄吉氏の自宅に数か月滞在しては、何年も地域の若者たちへ神楽を伝えたといいます。
当初は佐藤省吾氏ほか13名で神楽団をつくり伝承、佐藤省吾を師とした二代目は10名が指導を受け、近隣の神社の祭りなどに参加するなど披露してきました。8名が三代目を受け継いでいましたが(昭和8年)、戦争のため中断していました。佐藤清次氏の指導により昭和50年、25名が継承しました。この頃は、各地で休止中の伝統芸能が復活した時代でもありました。それからは各地のイベント等に参加し、地域の児童生徒を指導するなど活発な活動を行ってきました。
昭和57年に北上町指定無形文化財の指定。登録を受けました。
佐藤哲氏の指導のもと、子ども神楽も誕生し各地に招かれ数多く出演し活躍しましたが、平成10年頃から担い手不足により活動が一時止まっていました。」

とあります。

宮城県内における南部神楽は明治中頃から栗原地方を端緒として多くの神楽団体が生まれ、地域の祭礼や他地域に招かれての興行などで大人気を博した。
しかし、その敷衍した地域も北上川西岸地帯が主で、北上川から陸前浜に挟まれた地帯では北上町3団体、志津川と歌津に1団体、東和町・気仙沼市に各3団体と少なくなっている。(西岸の登米栗原には約90団体)

というのも、この桃生・本吉地方には古くから法印神楽が多く伝承されていたこともあり、明治中頃まではその影響が色濃く残っていたせいもあるように思われます。

しかるに、明治維新によって一般市民にも娯楽に興ずる余裕が出てきて、より華やかな南部神楽を習い覚える集団がでてくるようになります。

そんな中で発祥した大室南部神楽も、瑞山流の勇壮な舞い振りとともに、周囲を法印神楽に囲まれているためか、手次ぎや足踏みがしっかりした芯の通った型になっている。
古風な中にも凛とした神楽の方が残っているとおもいます。

IMG_6932.jpg

さて、水神舞は子供たちによる上演です。

大室では、子供といえど神楽の手を略すること無く伝承するという。
少しでも間違った手振りをすると「だいにおしゃられだ!」(誰に教えられた)と檄が飛んだものだという。


幕出し歌は

〽 サンヤー水神明神は 水神明神はサンヤー

IMG_6933.jpg

水神舞は東の水神と西の水神の水争いの説話の形式をとっています

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東西の水神が争いをなして、抜刀して戦いになりますが、そこへ瓊々杵命が出て仲裁をし、めでたく千代の御神楽となります。

IMG_6965_20161001180622a2f.jpg

面を外してのくずし舞となりますが、このくずし舞も大室には他に無い特徴があります。
これも、伝承された時の形をそのまま残しているような気がします。非常に貴重です。

IMG_6986.jpg

最後は幕前で一礼して終わります。
本当によく頑張りました!

IMG_6999_2016100118061781e.jpg

動画でどうぞ。

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2016.10.01 |

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