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2012.05.11 | Comments(2) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

出羽神社田植祭り 小田代神楽 御神楽

今日は冬に逆戻りした感の寒さ。暖房機を再び起動したりして。

さて、昨日の続き出羽神社の田植え祭りであるが、境内をめぐる練り行列について。

行列の役のひとつに神馬があるがこれは田の作業をする馬を象ったものと思われるが、馬の首形には「江刺郡羽黒堂村、施主久兵衛、文政四年六月十五日」とある。1821年の年号だから200年前の祭りに際して寄進されたものの様である。



早乙女の被る笠には紙幣が貼り付けられている。これは田楽の要素ともいえ、

DSC09001.jpg

鍬をふるう男のあとに続いて、手にした閉扇を早苗に見立てて田植えの仕種をしながら輪になって巡る。

DSC09036.jpg

そして、鍬の男の前には昼飯を掲げた孕女がつく。
これは豊穣の予祝であり感染呪詛の段事として祭りの重要な位置をしめている。


DSC09054.jpg


祭りのあとに神賑として神楽殿で奉納が行われた。
小田代神楽さんの御神楽 動画でどうぞ。



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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2012.05.11 |

コメント:

権現舞

確かに獅子についてよくそのように言われますね。ただどの段階から権現舞がなくなったのかハッキリとしないようですよね。

上沼加茂流では早い段階で神楽の演目から獅子舞が別なものとして分かれたようですし。(現在でも神楽人が行うが)

また他の団体でも獅子頭はあっても所有しているだけという事が多いのだとか・・・

いずれにしても、石越がよけい楽しみになりました。

田植え祭り。。。三輪流は薬莱神社三輪流でやはり羽黒行者系だから何か通じるものがあるのかなと?
私の感じ方と思い過ごしですかね。

2012-05-12 土 07:05:30 | URL | 富主非女 #- [ 編集]

独立した権現舞

奥州の胆沢地方では獅子頭を保管しながら今は全く舞わなくなったところもあれば、隣の江刺地方では旧南部藩境ということもあり早池峰系の神楽を伝承しながら今では幕神楽が廃絶し権現舞のみが独立して残っているところもあります。
それと私の憶測ですが、岩手県南部の神楽は明治の修験禁止令で農民に神楽が開放された際に権現だけは祈祷の意味合いが深いため舞うことを憚ったのではないかと思うのですが。(でも、他にも祈祷色の濃い神舞はたくさんあるしなぁ・・・よくわかりません)

2012-05-12 土 09:22:22 | URL | 祭りの追っかけ #- [ 編集]

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