2016.02.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

川東神楽 恋塚物語@第26回ころもがわ神楽まつり

さて、本日は第26回ころもがわ神楽まつりから川東神楽さんの恋塚物語についてです。

その前に川東神楽さんの由来を定本から

「古くは、石畑神楽として組織されていたがその後全く消滅した。
大正一四年、川内神楽の高橋栄助師匠の指導で、御神楽とくづしを習い、更に平泉町戸河内の菅原慶吉、川坂賢三郎の両師匠の指導により、川東神楽を組織し発表会を開催した。
戦後一時中断していたが、昭和四八年先輩達の指導により復活し現在に至っている。
大正一四年頃の庭元は小野寺滑内、戦後は千田信治、現在の庭元は千田精である。」

とありますが、現代の代表は千葉庄司さんです。



恋塚物語は、浄瑠璃の鳥羽の恋塚がもととなっており、袈裟御前と遠藤盛遠(のちの文覚上人)とを題材とした作品です。
遠藤盛遠は渡辺亘の妻袈裟御前に懸想し、袈裟御前は貞節を守るため亘の身代わりとなって盛遠に討たれるという悲劇の物語です。

絶世の美女と謳われた阿都麻=袈裟御前です。母は衣川出身といわれています。

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恋塚物語は全部で三段に組まれてあり、この日は二段目の「密約の場」と三段目の「愁嘆の場」を上演しました。

第二場 密約の場では袈裟御前に懸想した遠藤盛遠が屋敷に出向き、袈裟御前に言い寄ります。
袈裟御前は断りますが、尚も執拗に婚姻を迫る盛遠に、一計を案じます。

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第三場 屋敷に戻った袈裟御前は、夫の源の渡を客間に呼び出し、月見酒とて酌をし、「今宵はこのまま月を見ながら客間にてお休みなされ」と寝かせます。

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そして、袈裟御前自身は源渡の寝所に入り、遠藤盛遠が忍び入るのを待ち受けます。

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そうとも知らず、遠藤盛遠は源渡の寝所に押し入り、その首を掻き切ります。
首を抱えてひた走る盛遠は、その首の軽さに不審に思い、折からの月明かりに首を照らして仰天します。
我が腕に抱えた首級は、紛れも無く恋しく思う袈裟御前の顔。
我が身の愚かさを悟った盛遠は、髪をおろして仏門に入り、名を文覚と改めて、袈裟御前の供養に奥州は衣川に塚を立てて供養をしたのでした。

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動画でどうぞ。

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2016.02.26 |

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