2015.10.26 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

沢辺神楽 秀衡桜狩の場@第38回平野神社奉納神楽大会

さて本日は沢辺神楽さんの 秀衡桜狩の場について

その前に沢辺神楽さんの由来を定本より

「昭和四九年一○月、斉藤憲雄が庭元となり、城生野神楽の熊谷勤師匠を招き部落の青年達に神楽の指導を行い、沢辺神楽を創設した。
※昭和四八年発刊の金成町史によれば、南部神楽の流れをくむ神楽が各地区に組織されていたが、昭和二○年前にほとんど絶えた。
昭和三八年、平形神楽が解散に及び完全に消滅した。
岩手県の大門神楽、飯倉神楽の流れをくむもの、有壁神楽、藤渡戸神楽、赤児神楽、畑神楽、岩崎神楽、大原木神楽。
城生野神楽の流れをくむもの、平形神楽、姉歯神楽、下沢辺神楽、小堤神楽であった。」

ということなそうです。現在の代表は佐藤忠一さんです。



物語は、奥六郡の主である藤原秀衡が花見の祝宴をしている場面から始まります。

IMG_8076.jpg

そこへ、藤原基成の娘であるしずはた姫が京都から連れ立ってきた金売吉次とともに父を探し当てるため、秀衡と対面することになります。

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束稲山は奈良の吉野山にも似たりと歌に詠まれるほどの桜の名所でした。
平泉の御所で秀衡が花見の饗宴をしているところへ金売吉次が姫を連れてきたので、宴席の趣向にとしずはた姫に舞を所望します。

IMG_8080.jpg

乞われるままにしずはた姫がひとさし舞うと秀衡は大層感心します。
が、しかし、その一方で「そなたの舞には少しの暗さが見える、何か訳でもあるのでは」と尋ねます。
金売吉次がしずはた姫の身の上話を打ち明けると、秀衡は舞の褒美として父親探しを引き受け、しばしの間金成の吉次の家で静養されよと命じます。

IMG_8084.jpg

動画でどうぞ。


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2015.10.26 |

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