2015.10.02 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

阿久戸神楽 一ノ谷小次郎直家先陣争いと矢負の場@東北神楽大会

本日は阿久戸神楽さんの一ノ谷小次郎直家先陣争いと矢負の場についてです。

その前に阿久戸神楽さんの由来について

「明治中期、佐藤宗治が庭元となり南部神楽系城生野神楽の小野寺直師匠より神楽を伝授され、堀口神楽を創設した。戦時中一時中断したが、昭和四九年一二月有志により復活し、阿久戸神楽と改称した。
初代庭元佐藤宗治、現在の庭元佐藤錦は五代目である。」

とあります。現在の代表は村山栄利さんです。



さて、演目は一の谷の合戦で、源義経が鵯越の逆落としの奇襲をかけようとする早朝のことです。

平家物語では「熊谷平山一二の懸」の場面です。

熊谷次郎直実は、義経軍の奇襲部隊とは別に一の谷西の木戸口に回りこみ、親子で先陣の功を立てようとします。

一方で平山判官秀重も軍功を立てて、官職を得ようと抜け駆けします。

DSC04229.jpg

そこへ熊谷次郎直実の子、直家が出て「そこの大将は誰だ、名を名乗れ!」と呼び立てます。

すると「我こそは平山判官秀重なり、鎌倉殿の命により一の谷の先陣をするものなり、邪魔立てするな!」と一喝します。

がしかし、逸る小次郎直家は一目散に敵陣へと向かって行きました。

DSC04230.jpg

熊谷次郎直実が戰場に駆けつけてみると、我が子直家が敵将の悪七兵衛景清に矢で射抜かれて重傷を負っていました。
直実は、我が子の命が大事と矢を抜こうとしますが、周りは敵味方の将兵が大勢いる中です。

先陣駆けるは武将の誉れ、敵方の矢にかかるのは武将の常であれば、親に矢を抜いてもらうなど武将の恥と、泣く泣く我が子を再度戦場へと向かわせるのでした。

DSC04236.jpg

動画でどうぞ。

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2015.10.02 |

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