2015.03.04 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

川内神楽 一の谷 @ころもがわ神楽まつり

さて本日は、第25回ころもがわ神楽まつりから、川東神楽さんの 恋塚物語 第三場・愁嘆の場 というものです。

ところで、川内神楽さんは伝書等はないものの口伝等では江戸中期ぐらいの発祥とされているようです。

明らかな伝承は安政元年(1854)生まれの菅原利平が初代師匠とされています。
その後、二代鈴木徳右衛門の時代、明治29年に月山神社落成に川内神楽を奉納したということが確かなこととして伝わっているようです。
この鈴木徳右衛門は厳美の猪岡村から婿養子にきたということで、山谷神楽を習得していたためそれを川内にもたらしたということができるであろう。

尚、「衣川村芸能史」によれば、文化8年3月28日に道徳屋敷の山王権現社祭典で神楽を奉納したことに触れており、当時の祭りの様相として近郷の下衣川村を始め、平泉村や水沢町からも行商人が来て盛大な祭りであったということである。



さて、演目は一の谷 おなじみ敦盛・熊谷の一騎打ちの場面です。
若人面をつけた烏帽子に陣羽織の出で立ちで平敦盛が幕より出てまいります。
みながしは天平の指し手です。若武者らしい地舞が颯爽としております。

〽 自らは平家方にも名も高き平経盛が三男、無冠の太夫平敦盛とは、自らなりー 

DSC02445.jpg

そこへ、源氏方の荒武者である熊谷直実が立ちはだかります。
敦盛を一度は捕らえますが、その顔を確かめると我が子と同じ年頃の少年と見受け、密かに逃します。

DSC02450.jpg

そこへ、先陣争いをした平山武者がこの様子を見て取って、熊谷に二心ありと呼び止めます

DSC02454.jpg

熊谷直実は、いたしかたなく敦盛を波間から呼び返し、再び一戦して捕らえ、首を取ろうとしますが、なかなか討つことができません。
この辺が、一の谷の件の泣かせどころです。
南無阿弥陀仏と唱える敦盛の首を泣く泣く打ち取る直実。

DSC02468.jpg

後悔の念にかられる直実は、敦盛の首を生田が森に葬ると出家して蓮成坊となり供養の日々を送ることになります。

DSC02473.jpg

動画でどうぞ。

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2015.03.04 |

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