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2015.02.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

小田代神楽 権現舞 @祀りの賑い

さて本日は、小田代神楽さんの祀りの賑わいから最後の演目権現舞についてです。



小田代神楽さんは、神楽のカテゴリでは一応南部神楽の範疇にあるので、権現舞は無いはずですがあるんです。
しかも、山伏神楽の権現舞とも様式を異にしています。
実はここに南部神楽と権現舞・獅子舞の関係のヒントがありそうなのです。

小田代神楽での権現舞においても下舞がありましたが、それは岳大償の下舞とは異なり、御神楽舞の手を下舞としているようです。

次に、権現様を舞わせる二人の舞手が登場する訳ですが、こちらはほとんど山伏神楽の権現舞と同様です。

が、やはり特徴的なのは権現舞の前半部分は、岩手県南部の胆沢地方から宮城県北地方に広く分布する獅子舞の様式をとっていることです。つまり、獅子を神の権現としているというよりも、獅子あやしによって祓われる聖獣としての獅子として扱っていることです、なので最初に獅子あやしが刀でもって獅子を祓う所作があります。

IMG_0195.jpg

そして、次に獅子あやしが山伏神楽の権現舞につきものの別当役に変わって酒や米等を獅子に振り掛け祓う所作になります。

小田代神楽さんが伝授を受けた北下幅神楽や瀬台野神楽にはもちろん権現舞は無いものの、同じ集落内には正月の春祈祷をする獅子舞がありました。それは天狗を先頭に刀振りと獅子舞が悪魔祓いをし、祈祷札を配るために門付けをして歩くものでした。
その一方で小田代集落の周りは南部藩境にあるため、山伏神楽から派生した権現舞だけを伝承する地区が沢山ありました。
小田代神楽さんでも集落内の寺に頼まれて権現様を回すようになり、現在では5月の江刺甚句まつりの際に秋葉神社の要請で岩谷堂地区を門付けすることになった。

このような関係から、山伏神楽由来の権現舞と羽黒修験の獅子舞とが混然となった権現舞が成立したのだと推察します。

IMG_0203.jpg

舞台での権現舞の後、客席に降りての頭固めです。

IMG_0209.jpg

そんな感じで、この日の祀りの賑わいは終了しました・・・が、私の楽しみはこの後です!
こちらの直会では神楽衆による余興が繰り広げられます。毎年これを楽しみにして参じているわけです。

この日は、昼間は笛方に徹していた小田代神楽の裕くんが「欲求不満だ、踊りでー!」と言っていたとおり、酒を呑んでからの宮鎮舞です。
シラフで踊ってさえ息が切れる演目ですが、ビール飲み飲みやったから、爆笑やら感嘆やらの宮鎮でした。
あとで呼吸困難になってましたが・・・。
その他に、子供たちの百姓踊りやさんさ踊り、北下幅神楽さんの崩し舞と最後に代表の日高囃しの笛演奏などなどがあり、直会の夜はふけてゆくのでした・・・。

IMG_0211.jpg

動画でどうぞ。

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2015.02.15 |

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