行山流水戸辺鹿子躍「三人舞」@2023菅原神社奉納&交流会
さて本日は、2023年4月23日に行なわれた菅原神社奉納&交流会から行山流水戸辺鹿子躍で三人舞です。
水戸辺鹿子躍は宮城県南三陸町(旧志津川町)に伝承されている鹿踊で、行山流の祖といわれる団体です。
由来から
「行山流の元祖と言われる伊藤伴内持遠が登米郡の伊達式部に召し使われていた頃、品川様(伊達綱宗)が仙台へ入部した。その際に鹿踊を上覧し「ぎょうさんなる踊り」と褒められ、品川様から九曜星の紋、登米様からは輪違いの紋を拝領し行山鹿子躍と称し、装束にそれらの紋を用いたと有る。」
とありますが、一時期中断したものの、その後、昭和57年舞川鹿子躍に伝わる巻物に鹿子躍発祥の地が『本吉郡水戸辺村である』という記述がある」ということで調べたところ鹿子躍供養碑が発見され、それを期に村岡賢一さんを中心として舞川を師匠として鹿子躍再興に取り組んできたということです。
伊藤伴内持遠が記した「行山鹿子躍之由来」には、七月に鹿踊を躍るのは神道の水無月祓いの如く、秋のはじめの七月の盆に踊り、秋分から極月までの悪事災難を祓う・・・とある
とするならば、この鹿踊の役割は災厄消除と祖霊鎮魂が主であったということが推察されます。
狂い踊りの「三人舞」です。
〽 春駒は庭の桜につながれて 駒が勇めば 花は散りそろ
会津中山越しかねて つまを揃え 勇む駒かや
最後の引き羽で揃ったところで折からの強風がすごかった。ササラのしなりは強風のためです。
よくぞ強風に耐えて踊り通したものです。
動画でどうぞ
