村崎野大乗神楽「薬師」@2023新春大乗神楽公演
さて本日は、2023年1月8日に行なわれた新春大乗神楽公演から村崎野大乗神楽で薬師です。
その前に村崎野大乗神楽の由来について
「村崎野大乗神楽は、天照御祖神社の付属神楽です。奥寺八左衛門配下の山伏・佐々木惣二郎が加持祈祷して寛文六年(1666)に水の取り入れ口を見立て九年後に堰が開通し、元禄二年(1689)村崎野に神社(妙法院)が移りました。そして周辺の山伏達と和賀山伏神楽を起こしたと言われています。幕末にはその神楽も衰退、万法院で開かれた大乗会を契機に広まった神楽を取り入れ大乗神楽として再興されました。
昭和二五年まで神社の宮司。伊勢潔が榊を舞い奉納し、続いて飯豊の斎藤徳重が幕神楽を奉納していましたが、昭和二九年に中断し権現舞のみになりました。昭和五九年、保存会が結成され、中野善一が北笹間大乗神楽の小原長次ヱ門より榊を伝授、平成八年四月十六日春祭りで奉納し幕神楽を復活しました。その後、3人が榊を伝授し、多くの演目を復活
しています。平成十六年の大乗会には、宿・上宿両神楽に榊を伝授、鬼門を見事復活させ大乗会の成功に貢献しました。
神社の元旦祭に奉納、火防祭、四月十六日伊勢神社春祭り、北上大乗神楽大会、北上みちのく芸能まつり、九月五・六日伊勢神社例大祭、十一月上旬三月田不動尊へ宿大乗神楽。上宿和賀神楽と共に毎年奉納。十二月の二子地区大乗神楽発表会や舞初め、各種イベントで活躍しています」
とのことです。
さて、薬師舞について「岩手の民俗芸能山伏神楽編」には煤孫の伝書から引いて解説している。
「薬師とは江文大明神と申して山川谷峯より悪水湧する時、瑠璃の瓶より薬を出して善き清水となし給う」
つまり、薬師如来の功徳によって病魔退散の験力が現れるという舞になっている。
白面の吽面で背中に幡を背負っている出で立ちは人々に功徳を施す様を表しているように見える。
舞手の背には、江文大明神 本地 薬師」と染め抜かれた幡が差してある
続いて面を外して御神楽に移るが、旗と錫杖を持って四方に舞う
最後は護身法に真言を唱える。
現今の疫病退散の願いも込めて、村崎野大乗神楽代表の中野耕さんが厳粛に舞いました。
動画でどうぞ
