雄勝法印神楽「所望分」@2022第43回石巻地方神楽大会
さて本日は、2022年9月4日に行なわれた第43回石巻地方神楽大会から雄勝法印神楽で所望分です。
雄勝法印神楽さんは国指定の無形民俗文化財となっています。
由来については「宮城県民俗芸能(1)法印神楽編」より
雄勝町大浜の葉山神社(石神社)宮司千葉憲彦家は、かっての羽黒派修験の市明院で、社伝によれば延徳2(1490)年に創始されたといわれる。同家には元文4(1739)年の『御神楽之大吏』が所蔵されてあり、法印神楽において最も古い文書である。この神楽文書については1項目をもって前述しておいた。同家の延享3(1746)年10月の修験書上によると、桃生郡内の羽黒派十法印(または桃生十箇院とも称す)が記載されてあり、その中には雄勝町の大浜市明院、雄勝浜金剛院(現熊野神社小田家)大須浜大性院(廃絶)の3院が記されている。雄勝町での旧神楽組はこれらの同派修験が相集って神楽を行っていたものと思われるが、長い時代にはどういう経過をたどったものかは解らない。おそらく修験廃止の明治以降だと考えられるが、雄勝町域における神楽組はこの3院を本拠として基本的には3組の神楽団によって行われてきたが、それぞれ相互に交流し合い、さらに十三浜(現北上町)や本吉郡の戸倉(現志津川町)の神楽組との交流も深まっていたといわれる。昭和15年に十五浜神楽団(十五浜とは雄勝町の旧村名)が結成されていたが、昭和26年4月に至り町内の3団体が正式に合流して雄勝法印神楽保存会が結成され1団体に結束して活動し始めた。
ということです。現在の保存会長は千葉文彦さんです。
所望分は、一年の四季を90日ずつ春夏秋冬の神々に分け与えたが、中央の八十万魂命である土の神に分け与えられなかったため、土の民(=人間)が、土中から生れ出づる恵みを受けずに困窮していたということです。
最初に八十万魂命が出て一舞します。
〽 應 自らは八十万魂命なり 天にあっては元気土徳の神、地に在りては五気元土の神 人にあっては脾土元霊の神
四季の神たちに物申さんやのう
そのため八十万魂尊が、我にも四季を分領させよと願い出ますが、四季の神々は悉く断ります。
ついには装束を改めて神戦となります。
そこへ天之御中主神が現れて、四季の内から18日ずつを土用と定めて、諸事恩恵に預かるようにと宥め平定します。
そして、世々の困りごともかように解決することを祈って、鈴御神楽で舞い納めます。
動画でどうぞ
