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2022.02.15 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ祭り

奥羽再仕置「サイカチの木は残った」展

令和3年度は豊臣秀吉の奥羽再仕置から430年目にあたり、東北各県の13の博物館等で「奥羽再仕置430年記念プロジェクト」を展開している。
地元のえさし郷土文化館では〈テーマ展〉サイカチの木は残った―奥羽仕置と胆江地方―として開催していたので拝見しに行ってきました。

奥州藤原氏滅亡以後に胆江地方を所領していた葛西氏は、豊臣秀吉の小田原征伐に参軍しなかった咎から領地没収となった。

<安元2年の葛西重高の位牌 江刺梁川菅生院所蔵>

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豊臣秀吉は奥羽地方を統治するため天正18年(1590)に諸大名を配置換えするなどの奥州仕置を行った。

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しかしながら、その仕置に反発した旧領主などが各地で一揆を起こすなど、奥羽地方が再び不安定になったため、天正19年(1591)に一揆鎮圧の軍を差し向けて、再度の領地換えなどを行った。

以来胆江地方は、伊達政宗の領地となり、領内には家臣などが支配にあたることになった。

<江刺梁川の小梁川家歴代の廟所に安置される 礼式装束姿の伊達政宗木像>


現在の水沢を領地とした伊達家一門の留守氏は、在所を流転した後に塩釜村(現水沢)において幕末まで水沢要害の主として治めた。

古くはアテルイ・モレの時代から安倍氏、藤原氏を経て明治まで、東北地方と中央政権との鬩ぎ合いは変わらない。今現在もそうなのかもしれない、ということを感じた「サイカチの実は残った」展でした。

因みに、胆江地方を含む旧葛西領内では居宅の門前に「サイカチ」の木を植えていたそうである。
それは「再(サイ)勝つ(カチ)」あるいは、「葛西(サイ)勝ち(カチ)」の思いが込められているのではということだ。

<水沢伊達家中系図>
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さて、えさし郷土文化館では同時に江刺金札米100周年記念展も行っていました。

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かつて日本一とも称された江刺金札米の来歴がよくわかる展示です。
3月27日までの展示のようですので是非おでかけください。

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2022.02.15 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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