春を呼ぶ小軽米えんぶり@2010岩手県立博物館伝統芸能鑑賞会
正月二日ともなれば、様々な正月行事が行われるわけですが、今年もコロナ禍で中止になるものが多いです。
さらに拙宅地域では大晦日から大雪が降り続き、雪かきに追われて遠出をする気力もなし。
というわけでもないのですが、正月といえば予祝儀礼ということで、かねてより取り上げようと思っていた九戸郡軽米町に伝わる小軽米えんぶりを書いてみます。
平成22年1月に岩手県立博物館にて行われた伝統芸能鑑賞会では、南部曲がり屋・旧佐々木家住宅の庭先にて雪景色の中で昔ながらのえんぶりが上演された次第。
えんぶりといえば八戸を中心とする青森県南部地方に多く伝わる田植踊ですが、同じく南部領にあった岩手県北部にも多く伝承されているようです。
岩手県内では、二戸市根森、久慈市夏井、大野村大渡、軽米町の小軽米、晴山、高家、九戸村妻の神、葛巻町茶屋場、浄法寺町杉沢となっており、それら全てが「どうさいえんぶり系統」となっている。
小軽米えんぶりも八戸からの伝承ということのようですが、現在の八戸周辺のえんぶり(一摺り)では見られなくなった付属芸能を演じていて、全体的に古風な稲作予祝芸能としての芸態をよく残しているのが貴重ということです。
どうさいえんぶりの特徴としては、踊り手の太夫が頭に被る烏帽子の前髪が五色の紙(ヤマ)でできているということ。
また、三人の踊り手は、先頭の太夫を藤九郎といい、次を中、最後の太夫を畔止めと称している。
太夫の採物も伝統的な「ながえんぶり」では鳴子板とカンダイであるのに対して、「どうさいえんぶり」ではジャンギであるが、この小軽米えんぶりでは畔止めの採物はカンダイに鳴子がついたものになる。
舞込みの最初は「摺り始め」の踊りから始まる。次に中の摺り、摺り納めと続いていくが、途中で種々多様な祝福芸が出される。
この日実演されたのは三番叟
手踊りの鎌倉
伊勢音頭
そして子どもたちによる松の舞
続いては神楽から派生したであろう恵比寿舞
さらに、「お昼場」と称する余興的な意味合いをもつ道化の演目「田植万才」.で、軽妙洒脱で滑稽な中にも予祝の目出度い口上を言い立てる
次に、今では八戸地方では見かけなくなった豊作儀礼としての田植踊り。
田の神に祈る御幣を押し戴いて早乙女と太夫が並んでご祈祷の踊りを捧げる。これもまた、えんぶりの古風な芸態を残している。
最後は摺り収めの踊りとして、畔止めが演じられる。
これは、一連の田植作業の最後に、田の畔の水口から水が漏れるのを防ぐために朳(えんぶり)で畦畔を塗り固める作業を舞踊化したものとわれている。
〽 秋になったら一本三把に五斗八升あるように
動画でどうぞ
