小田代神楽「信太大明神由来葛乃葉物語」@2021奥州市郷土芸能の祭典
さて本日は、2021年11月28日に行なわれた奥州市郷土芸能の祭典から小田代神楽で信太大明神由来葛乃葉物語です。
その前に、小田代神楽の由来について定本より。
「明治二八年一○月、部落の氏神五十瀬神社に神楽を奉納するため、氏子総代の植田喜作が庭元となり、羽田の鴬沢神楽から師匠を招き指導を受け、小田代神楽を創設した。
初代庭元植田喜作、二代及川春治、三代及川清志四郎、四代~五代及川篤男である。」
とあります。初代の植田喜作が指導を受けたのは菅原金之丞とあるが、金之丞は千葉栄佐衛門とともに瀬台野神楽を立ち上げた人物であり、後年田原の蟹沢に婿入りして蟹沢神楽を創設し、周辺の地域にも神楽指導をした。
そして現在の第六代目庭元は及川章さんです。
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さて、葛の葉子別れの場ですが、小田代神楽さんではこの日が初演ということでした。
次々に新作に取り組んでいて意欲的です。
葛の葉子別れは、奥浄瑠璃から取った仕組み神楽の代表的なものである。
安倍晴明の誕生譚をもとにしたもので芦屋道満大内鑑からきていると推測される。
奥浄瑠璃は東北地方に流布したものだが、それに先行すると思われる新潟地方の瞽女唄では、唄い出しがこうだ
〽 ものの哀れの始まりは 芦屋道満白狐 葛の葉子別れ物語~
そして葛の葉姫の物語の内容は次のものだった。
葛の葉姫は狐の仮の姿だった。ある日、狐狩りの時に命を救われたことから葛の葉姫に化身し、命を救ってくれた男の子どもを産んでしまったが、自分は狐。やがてその子が5つになり、自分の化身が現れる時がきてしまう。子どもを置いて信太の森へ帰る母親の哀しみを歌った唄。戦時中は夫や息子を戦地へ送った婦人が咽び泣いたという。
葛の葉子別れは、狐(葛の葉姫)が安倍保名の窮地を助けたことから結ばれて、童子丸をもうけるところから始まります。
ある日、葛の葉は陽気にうとうとし童子丸に狐の姿を見られ、添われぬ身なればやむなく表の障子に一首の和歌を書き残し、子供の養育を保名に託し童子丸を捨て信田の森に帰る決心をします。
心残りがある葛の葉は、保名に自分の居所を残しますが、ここで障子に筆で字を書く場面がこの演目の見せ場となっています。
右手ばかりでなく、左手で書いたりします。
「恋しく波 尋ねきて見よ 和泉なる 信田の森の 浦見葛の葉」
葛の葉が去った後に帰ってきた保名は、葛の葉の書き置きを読んで童子丸の行く末を案じ、信田の森へと尋ね行きます。
保名の前に一匹の白狐が出てくると、見覚えのある姿にもしや葛の葉では、ならば人間の姿に戻ってこの子に乳を与えよと頼みます
しかし、葛の葉は保名に童子丸をせめて七歳までも育てよと請われますが、我が身は狐なれば叶うまじと断ります。
その代わりに、童子丸が賢く育つようにと宝珠を授けて去っていきます。
動画でどうぞ
