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2021.12.05 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

雁舞道七福神@2021大槌まるごと復活まつり

さて本日からは、2021年11月13日に大槌町の元復興きらり商店街特設会場で行なわれた大槌まるごと復活まつりから郷土芸能ステージの数々を取り上げていきます。

震災後最初に仮設商店街として開設されたこの場所には度々訪問し、イベントがある時も無い時も利用させていただきました。
2020年3月には閉鎖となりましたが、その後町民に活用方法のアンケートを取った結果は子どもたちのために活用してほしいという意見が多かったようです。
この先どんな展開になるのかはわかりませんが、祭り以外で大きなイベントができる場所として残していってほしいです。



さて、郷土芸能ステージです。大槌祭りも2年連続で中止となり、街の中の賑わいが無かったわけですが、この日の会場は多くの町民の皆さんが集まり、さながら「お祭り」状態となっていました。
やっぱり笛太鼓の音が鳴り響く祭りが無いと始まらないですね。皆さんが待ち焦がれていた気持ちがよくわかります。

ということで最初は雁舞道七福神から。

雁舞道七福神の由来は「大槌町の郷土芸能」より

『アーなに舞か出そうだ。なに舞か出そうだ。なに舞、かに舞と囃しやれもうすもおしようす―』の唄い文句で始まる七福神舞は、明治の頃、大船渡市で踊り伝えられていたものを、大正の初め同市の師匠二人によつて気仙郡三陸町の佐々本長左衛門氏(当時8歳)宅を宿にして踊られていた。
この踊りはめでたい座敷踊りとして旧の小正月に、浜は大漁、陸は満作、そして家内安全を祈願して一戸一戸を門付けをして歩いた。
昭和14年、仕事の都合で釜石市に移り住んだ佐々木長左衛門氏は、東前青年会の依頼で子供たちに教えたのが東前七福神の始まりと言われている。
私ども雁舞道の七福神は、昭和28年当地区の青年連中のたっての希望により、発起人佐藤清太郎氏、小国仁右衛門氏、田代金三郎氏、野田得三氏(共に故人)の働きかけで同年9月に釜石市東前の師匠畠山隆男氏を招いて指導されたのが始まりで、踊りは座敷踊りであつたものを、テンポの速い囃子にアレンジし、雁舞道七福神として毎年9月の大槌稲荷神社や小鎚神社の例大祭、又結婚式等で男子小学生を主体として踊り継がれている。

子どもたちにる祝福芸として出発したであろうこの七福神も、一時期衰退したこともあった。
子どもたちを巡る環境も昔と変わりスポ少や部活などで踊り手がままならなくなったが、絶やしてはならないと尽力した方がいて、今日まで継承されてきた。

雁舞道は地名で、大槌町町方方面から来ると安渡地区の最初に通る地区です。
地名の由来は、かつて安渡にいたころに聞いた話では、昔は安渡地区は大槌湾に注ぎ込む大槌川の湿地帯が広がり、そこに野鳥が沢山生息していた。そこで雁が舞い飛んで遊ぶ地だったことから命名されたという。

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大黒様から

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蛭子三郎 めでたくも鯛を釣る

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福禄寿は福禄と寿命の神様

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七つで何事ないように で、毘沙門天

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蓬莱様と寿老人 個人的には七福神の中で一番好きですね

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弁財天は芸能と福徳除災を祈る神様

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最後に全員で場を巡って舞納めます

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動画でどうぞ

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2021.12.05 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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