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2021.03.28 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

和賀大乗神楽「舞台入り・神降ろし」@2021第20回慶昌寺公演

さて本日は、2021年3月28日に行なわれた和賀大乗神楽の第20回慶昌寺公演です。

今回の公演は2年ぶりの開催となることと、和賀大乗神楽にとって41年ぶりに新たな法印が得度したことから特別な意義のあるものとなりました。

小原忍さんと鈴木智大さんは、3月20日に慶昌寺にて得度式を終え、ここからが新たなスタートであり、後世に引き継ぐよう精進していくという決意でした。誠におめでとうございます。



ということで、最初に舞台清めの舞台入り、そして神降ろしの儀礼です。

その前に、和賀大乗神楽の由来について

「口伝では、約600年前の正和4年(1315年)に慈覚大師の弟子である玉木明介が京都東山の聖護院の門跡として修験修行し、煤孫に帰郷後に貴徳院を開基。後に権大僧都満開山円光法師が創始した神楽とされ、「貴徳院法印神楽」とも呼ばれていました。
嘉永元年(1848年)に、宮城県遠田郡涌谷箆岳の無夷山箆峯寺(天台宗修験兼帯)から大乗神楽が伝承され、嘉永2年(1849年)に南笹間(現花巻市)の高法院を会場に大乗会を開催しました。3年後の嘉永5年には大乗仏教を基にした加持祈祷の舞として「大乗神楽」と改称ざその後、一時中断されていましたが慶応年間に佐藤寅次郎が貴徳院に伝承されていた神楽の復興を願い、妻の父である南笹間の八幡神社別当萬法院(十七世再中興法印)に師事して再興しました。
また、神楽の習練と継承を目指すため、江釣子の自性院や更木,の大福院と協力して発展に貢献すると共に、明治8年と33年に合同による大乗会を催行しています。その後自性院は神楽からは離れてしまっています。
煤孫の大乗神楽は佐藤寅次郎より高橋多喜蔵・武田三蔵・三田市太郎・武田博・鈴木秋尾、亀田正樹、現在の鈴木俊逸と続きます。現在では、元朝に煤孫の古舘神社に奉納し、別当の武田家で舞い始め儀礼を行うほか、毎年3月頃に地元の慶昌寺本堂に於いて「慶昌寺公演」を開催しています。大乗神楽全33演目の内、半数以上の演目を所持しています。」

ということで、現在の代表は鈴木俊逸さんです。

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権現様を納めた祭壇を前にして神楽衆一同が拝礼

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御神楽奏上に続いて願文を呪します。

家内安全・息災延命・無事長久・火難消滅・疫病消除・家運繁盛・万民法楽を願い、如意吉祥と願い奉る

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動画でどうぞ


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2021.03.28 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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