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2021.02.06 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

村崎野大乗神楽「龍殿」@2014第20回大乗神楽大会

さて本日は、2014年6月8日に行なわれた第20回大乗神楽大会から村崎野大乗神楽で龍殿です。

その前に村崎野大乗神楽の由来について

「村崎野大乗神楽は、天照御祖神社の付属神楽です。奥寺八左衛門配下の山伏・佐々木惣二郎が加持祈祷して寛文六年(1666)に水の取り入れ口を見立て九年後に堰が開通し、元禄二年(1689)村崎野に神社(妙法院)が移りました。そして周辺の山伏達と和賀山伏神楽を起こしたと言われています。幕末にはその神楽も衰退、万法院で開かれた大乗会を契機に広まった神楽を取り入れ大乗神楽として再興されました。
昭和二五年まで神社の宮司。伊勢潔が榊を舞い奉納し、続いて飯豊の斎藤徳重が幕神楽を奉納していましたが、昭和二九年に中断し権現舞のみになりました。昭和五九年、保存会が結成され、中野善一が北笹間大乗神楽の小原長次ヱ門より榊を伝授、平成八年四月十六日春祭りで奉納し幕神楽を復活しました。その後、3人が榊を伝授し、多くの演目を復活
しています。平成十六年の大乗会には、宿・上宿両神楽に榊を伝授、鬼門を見事復活させ大乗会の成功に貢献しました。
神社の元旦祭に奉納、火防祭、四月十六日伊勢神社春祭り、北上大乗神楽大会、北上みちのく芸能まつり、九月五・六日伊勢神社例大祭、十一月上旬三月田不動尊へ宿大乗神楽。上宿和賀神楽と共に毎年奉納。十二月の二子地区大乗神楽発表会や舞初め、各種イベントで活躍しています」

とのこです。



さて、龍殿について

前半は面をつけての二人舞。一般的には阿吽二面による荒舞。
大乗神楽での龍殿は貴船大明神と加茂大明神で、本地は知勝佛と難勝佛であるとされます。仁王の阿吽の面をつけ欅掛けで帯刀した姿で登場します。

DSC0198120160818111738.jpg

後半は千早と面を取り、後生楽で早調子に舞う。
刀による御神楽・刀くぐり・振り太刀となります。

DSC0199220160818111750.jpg

この舞は激しい太刀舞によって悪魔を鎮め退散させる舞であると見られています。

最後は一人残って太刀舞で舞納めます。

DSC0200320140609230327.jpg

動画でどうぞ


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2021.02.06 |

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祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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