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2020.06.27 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

下黒沢神楽の映像を観る!

一関市萩荘の萩荘地区まちづくり協議会生涯学習部会が2019年度の事業として地域の宝と位置づける神楽を後世に残そうと企画し、地元の神楽団体の上演映像をDVDに収録した。
この中に収録されているのは萩荘小学校の鶏舞、古内神楽と南沢神楽の上演。
そして現在活動休止中の下黒沢神楽です。

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その中から発掘された映像ともいえる下黒沢神楽について

下黒沢神楽の由来は定本より

「三島神社は坂上田村麻呂公の勧請、また藤原基衡公の勧請ともいわれてきたが、兵火で焼失した。
天和二年(1681)田村氏が一関に移封後社殿を造営して代々藩主奉幣、羽黒派三学院を祀掌せしめた。
三学院が三島神社の奉納神楽として法印神楽を演じてきた。
天保年間(1830)萩荘黒沢の千葉富右衛門が三島神社の法印から神楽を習い、神社の祭典などに神楽を舞った。
その子、富右衛門(二代目)も神楽の舞手となるが、非常に神楽に熱心であり、舞も達者であった。
弘化年代(1844)法印の許可を得て南部神楽を習得し、当時の法印神楽に改善を加え、大変な人気を博し、黒沢神楽の名声を高め、本場神楽と称されるようになり、各地域から神楽指導の要請があった。
指導した地域は地元はもちろん岩手県南宮城県北に及び南部神楽の本流となった。
以下略 」

ちなみにこの映像収録で胴をとっていたのは80歳の師匠ということです。



一関市教育委員会調査によれば下黒沢神楽は昭和43年で伝承が途切れたとありますが、これらの映像は、下黒沢神楽の復活を期して地元の若者達が神楽に取り組んだ実績を今に残している。

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それだけに今回の映像発掘は非常に意義深いものがあり、市井一個人の映像もあだや疎かにできないということが証明された。

今後もこのような取り組みが広がることの期待を込めて

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宝剣納め

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山の葉舞

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岩戸くずし舞

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三番叟

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笹割

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2020.06.27 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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