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2020.03.21 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ諸芸

大平川荒馬@2010「湯瀬村コ」全国大会特別出演

さて本日は、平成23年9月11日に秋田県鹿角市のどこか(?)で開催された「湯瀬村コ」全国大会に特別出演していた大平川荒馬です。

このイベントは、実はこの前日に開催された大館神明社祭りに訪問した帰りに偶然見かけて撮影したものです。
なので、この会場がどこだったかは忘れました。多分湯瀬だったのだろうと思います。

「湯瀬村コ」とは、当地の民謡なそうです。
「湯瀬村コは、季節歌の春歌・秋歌を元にして作られたもので、「兄川のヤーエ兄川の、 兄川沢目の湯瀬村こ」と云う前歌がついていた。春歌と秋歌がある。無伴奏の歌であっ たが、昭和三十年代に角田正孝が三味線伴奏をつけ、前歌と後歌を除いてNHKの民謡番組 で放送し、現在はいずれもこの伴奏で歌われている。」というものなそうです。

で、このイベント会場に張られた横断幕には「大日霊貴神社例祭奉納」とありましたから、鹿角市鎮座の大日霊貴神社の祭典ということなようです。

ちなみに大日霊貴神社には、ことのついでに立ち寄ってきましたが、ここは正月二日に重要無形民俗文化財、ユネスコの無形文化遺産である大日堂舞楽が行われるところとしてつとに有名です。いつかは見たいものだとおもっていますが。



さて、大川平荒馬です。
いわゆる駒踊りなのですが、青森なのでネブタライクな駒踊りです。

DSC03491_202003211811432db.jpg

この大川平荒馬は、青森県の津軽半島の北端に位置する今別町の芸能で、町内三団体の内の一つです。

由来については今別町HPより掲載

「大川平荒馬踊りは、昔のサナブリの行事つまり田植えが終り、田の神が天に昇るとき、農民が神に加護と感謝のために催される神送りの行事として伝わってきたものです。
大川平荒馬保存会が伝える荒馬の由来は古く、天正13年頃大浦為信が津軽を統一して藩の経済を保つため、馬と農耕と結びつけ農作物の増収を図ったことが起因であろうとされています。
それまで未開の山野だった土地を汗とほこりにまみれながら、数少ない馬を頼りとして馬とともに切り拓いてきた農民達にとって馬は宝であり、そうして大事にされ苦労をともにしてきた馬の働きと、勇壮な馬の姿を現し踊り継がれてきたのが現在の「荒馬」であると言われています。 」

ということです。

旧南部藩領の青森、岩手、秋田には多種多様な駒踊りが分布していますが、津軽地方のは殊に勇壮かつ華やかなものとなっています。

DSC03500.jpg

ねぶた祭りと同様に短い夏を惜しむかのように男も女も爆発的に踊ることで生活環境や労働の苦しみを明日へのエネルギーと変えるのだと思います。

もっとも今では保存会が中心となっており、全国的にも荒馬を習う人たちが増えて、マイナスイメージから地場振興にも一役買っている郷土芸能となってきているようです。

それにしても、いつかは今別町で荒馬を見てみたい!

DSC03492_2020032118114618c.jpg

動画でどうぞ


テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2020.03.21 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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