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2019.09.22 | Comments(0) | Trackback(0) | カテゴリ神楽

長下田神楽「豊里舞(古老舞)」@長下田神楽創立70周年記念奉納神楽

さて本日からは、長下田神楽創立70周年記念奉納神楽のリポートとなります。

長下田神楽の前身である橋向神楽から分離独立したのが昭和24年。
初代池田清治が長下田出身であったことから長下田神楽として発足し、以来2代目猪股菊治、3代目猪股久夫、4代目佐々木亀治

そして現会長が猪股一雄さんです。奉納神楽に先んじて会長挨拶がありました。

20190922132428IMG_4229.jpg

長下田神楽の前身である橋向神楽は、花泉町の上油田神楽を根源としていますが、これは法印神楽であった可能性があり、伝本の演目も法印神楽のものとなっています。
 
下の画像の資料は猪股会長さんからお借りした現在の神楽保存会の資料です。

その中の神楽台本には現在演じることができる演目が記載されています。

式舞 登里舞(古老舞)、三番叟、天の岩戸開き
神舞 水神舞。西の雲舞、宮鎮め舞
仕組み神楽 おむろ焼き、彦火出見の命、簸の川舞、五大竜、牛若丸剣術試合の場、朝見ずの里、金売り吉次鏡が宿の場、源平合戦より屋島合戦、源平合戦より一の谷合戦、初太郎、石堂丸、信之田森安部の保名親子夫婦別れの場

他に神楽唄が45首掲載されています

20190922130120IMG_4195.jpg

さて、長下田神楽の由来について

「明治26年(1893)、岩手県西磐井郡花泉町の上油田神楽の南部神楽師 佐藤和三郎を師匠に招き、五穀豊穣を祈願して「橋向神楽」として創設されましたが、その後、二つに分かれ、昭和24年(1949)池田清治を師匠に「長下田神楽」として継承され、現在に至っています。
昭和23年に保存会が設立され平成17年に登米市無形文化財に指定されています。」

ということです。



長下田神楽での豊里舞は神降ろしの舞であり、翁の舞になっています。

神社などから依頼されて神楽をあげる場合は、この豊里舞にて神降ろし、祓い清めとするようです。

20190922133344IMG_4234.jpg

ちなみに翁舞の詞章を確認したいと思います。


〽 応 さて天竺の はつだい川の池の亀
   甲に千歳さんこおの 星の玉を戴いて まんごうをへるとかよ
   さては今日の鶴 千万歳をいとうて 
   木は返りて萱となり 萱は返りては老いらくとなる
   南に訪うとかの光りつつ

です。

山伏神楽(岳)の翁舞では

さて天竺の はつ代川の生ける亀 
甲に千歳さんとおの星の山を戴いて まんごうをふるとかや
千萬歳をうとうて かの所へ参り 四つのお祝い申さんと
さて百歳は徳のさかり 黒髪は白髪となり 白髪は老いらくとなり
老いらくは きにかえるとかや 
春咲きそめし花の色 秋は実なりて冬までも 実はおぢぢとかの光りつる
〽 諸神諸仏 七世の孫におふたるためしの目出度さよ

翁舞は山伏神楽でも番楽でも同様ですが、異なる点は番楽では四方の浄土に対して祈祷することです。
この点に関して言えば、長下田神楽の翁舞の詞章に「南に訪うとかの光りつつ」とあるのは非常に興味深いです。

20190922133550IMG_4237.jpg

動画でどうぞ

テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

2019.09.22 |

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Author:祭りの追っかけ
祭・・・それは祈り、畏れ、そして縋り付くばかりの信仰、神人共生の歓びの象徴。さて、明日のエネルギーの糧を求めに彷徨おう。

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