山寺夜行念仏@第15回全国シシ踊りフェスティバル
さて本日からは、8月4日に山形県の山寺において開催された第15回全国シシ踊りフェスティバルのリポートとなります。
ここでの山寺系シシ踊りを管掌するのはかねてからの念願、ようやく叶って37度の酷暑にめげずに根本中堂へと向かいました。
この日のタイムテーブルは次のとおりです。近年の参加団体は5団体ということでしたが、当日は3団体と少なめでした。
開始前に鹿楽招旭踊の皆さんが山上の五大堂の上にある磐司岩に参拝するのが習わしということでしたので付いていきました。
が、「俺たちの出番は11時頃だからそれまでには下山する」というではありませんか。
それでは根本中堂での奉納が見れないではないか、ということで後ろ髪引かれる思いで下山した次第。(おかげで参拝はできましたが)
山形県というところは、うち続いた戦乱や飢饉などの災害で多くの犠牲者があり、その追善供養のための物事が現在でも多く引き継がれていることに毎回訪問するたびに感じられます。
さて、シシ踊り奉納に先んじて、夜行念仏が上げられます。国指定無形文化財であります。
これは山寺の山内で、毎年8月6日タ方から翌朝にかけて 「夜行念仏」と称される民間の念仏行が行われているものです。
現在は、山形市山寺地区の「芦沢組」と天童市高擶地区の「高擶組」の2組だけの講中によって維持されているにすぎないが、かつては念仏者たちの提灯行列が, 麓から山頂まで続くほどの盛況だったと伝えられている。
念仏者たちは、山麓の民家の何軒かでく供養>を済ませた後、山内に入り、根本中堂でのく回向>に始まって山を登り,途中の定められた堂社小洞での念仏行を行う。
そして夜半頃、 山腹の奥の院に至り、そこで夜を明し、 翌朝再び回向を行いながら下山する。
この念仏の目的は、死者供養とされている。
山寺の芦沢組の夜行念仏は次のとおりということ。
午後4時頃、山寺地区の「コケシ神社」に参集し「笠かぶり」の儀式の後、当地区に新しく建立された「夜行念仏供養碑」の前で回向、その後依頼に応じて一般の民家で念仏を行った後、6時頃立石寺山内に至る。
山内では根本中堂、念仏堂、姥堂、仁王門、塔中4ヶ院(性相院、金乗院、中性院、華蔵院)、奥の院(大仏殿)の順にそれぞれ定められた回向文を唱える。
そして翌朝6時頃、奥の院での勤行に参加した後、塔婆供養場、開山堂、五大堂、磐司祠、立石寺本坊、不動堂を回向巡拝するここの後、不動堂附近の商店から依頼され念仏する。
夜行念仏一切の終了を意味する「笠はずし」の儀式は後日に行われる。 <以上「山寺「夜行念仏」の形態と歴史 : 研究の現状と問題点」より抜粋参照>.
この旧暦7月7日は七日盆にあたり、花笠祭りが始まる以前はこの日に山寺参拝する民衆で一山がごった返し、念仏連中について巡回する講中以外の人々「オツヤキャク」で溢れたということだ。
動画でどうぞ
