白浜神楽「葛の葉 子別れ」@第42回みちのく神楽大会
さて本日は、第42回みちのく神楽大会から最後の演目、白浜神楽で葛の葉 子別れです。
白浜神楽さんは昨年度優勝しましたので今回は審査対象外の特別出演ということでした。
その前に、白浜神楽さんの由来について定本より
「昭和45年1月、栗原善三が庭元となり、宮城県栗原郡栗駒町、栗駒神楽佐藤佐吉師匠と花泉町大門神楽の菅原誠師匠の指導のもとに、白浜神楽を創設した。
初代庭元栗原善三で現在に至っている。」
とありますが、現在の代表は千葉良夫さんです。
葛の葉子別れは、奥浄瑠璃から取った仕組み神楽の代表的なものである。
安倍晴明の誕生譚をもとにしたもので芦屋道満大内鑑からきていると推測される。
奥浄瑠璃は東北地方に流布したものだが、それに先行すると思われる新潟地方の瞽女唄では、唄い出しがこうだ
「ものの哀れの始まりは 芦屋道満白狐 葛の葉子別れ物語~」
そして葛の葉姫の物語の内容は次のものだった。
葛の葉姫は狐の仮の姿だった。ある日、狐狩りの時に命を救われたことから葛の葉姫に化身し、命を救ってくれた男の子どもを産んでしまったが、自分は狐。やがてその子が5つになり、自分の化身が現れる時がきてしまう。子どもを置いて信太の森へ帰る母親の哀しみを歌った唄。戦時中は夫や息子を戦地へ送った婦人が咽び泣いたという。
葛の葉は夫である保名にあてて別れの歌を一首障子にしたためます。
これが、行書を普通に筆で書くのも難しいのですが、南部神楽ではいろいろな手で書きます。
これは伊勢神楽などでも余芸としてつたえられています。
「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」
筆を口に咥えて書いています
保名が帰ってきて童子丸の枕元に手紙が添えられてあるのを見つけ、文に目を通すなり葛の葉の後を追いかけます。
この子を不憫に思うなら、せめて七つになるまで人の姿で育ててくれと懇願しに行く場面です・・・
が、ここでアクシデント。保名が舞台から足を踏み外して落下しました。
しかしながら、舞台下で立ち直り、最後まで舞を続けたのは流石です。神楽魂ですね阿部良さん!
動画でどうぞ
