清水田神楽 源義経朝見ず里宿乞いの場 @ 第38回尾松地区神楽鑑賞会
さて本日は、第38回尾松地区神楽鑑賞会から清水田神楽さんで源義経朝見ずの里宿乞いの場です。
清水田神楽さんの由来について
「明治中期、岩手県西磐井郡赤荻村笹谷の南部神楽流笹谷神楽の指導を受け、鈴木幸助らが清水神楽を創設した。
その後中断していたが当時神楽の舞手であった千葉春雄が師匠となり、若い人達に指導をし、昭和四七年正月再興し今日に至っている。」
ということです。
演目の朝見ずの宿とは、美濃と近江の国の境で、とある宿に入った客が次の朝に出て行く姿が見えないといった噂から名付けられた宿で、つまりは宿泊客が夜盗に襲われる宿ということらしい。
またの題名を道行などとも称する。
さて、京から奥州平泉へ向けて旅をしていた義経が田島の里の一軒家に宿を乞うことから話が始まります。
その一軒家には女房が一人居て、今宵は夫が留守のため泊めることはできないと義経をあしらいます。
そこで義経は女房を口説くため和歌に気持ちを託します。
〽 この世に三つの例えあり
駒に踏まれる芝草も 夜露に一夜の宿を貸す
水に浮かべる浮草も 蝶々に一夜の宿を貸す
垣根にからまる朝顔も 蝶々に一夜の宿を貸す
いかにお女中様よ一夜の宿を頼むなり~
横道にそれますが、この歌には遠く離れた下関に伝わる下関音頭の引接寺くどきに同様のものがあります。
平家武将の鎮魂のために下関郷で唄い踊られたものが、やがて北前船に乗って全国に広まったと言われています。
「水に浮いたる浮き草も水に便りはなけれども 蛍に一夜の宿を貸す 駒に踏まれし道芝も 駒に便りはなけれども 露に一夜の情けあり」
閑話休題!
そこへ夫が帰ってきます。
奥の部屋に人の気配がするがどうしたことかと女房に詰め寄ります。
高貴なる若君とあらば金品を巻き上げようぞと義経の部屋に討ち入ります。
義経のただならぬ気配を察した盗賊は自らの本名を名乗ります。
自らは伊勢三郎義盛と申します、これよりは義経殿の配下となり奥州平泉までお供いたします。
めでたく渡り拍子で舞納めます。
動画でどうぞ。
