早川流清水目八鹿踊 @ これはりの里神楽伝承まつり
さて本日は、これはりの里神楽伝承まつりから、オープニングでの特別出演であります、一迫の清水目八鹿踊です。
早川流鹿踊の由来について
「今から385年前の慶長2年、伊達領内に住む猟師、山立勘太郎が岩倉山に狩猟に出かけた際、8頭の鹿が連れたって拍子面白く腹を叩いて踊り狂う様子を見て創作したと伝えられている。」という伝承が有る。
清水目鹿踊は、明治維新の頃に同じく早川流の真坂鹿踊から分かれたものという。
白河家足軽で真坂鹿踊の右頭であった菅原政五郎が清水目の祖となり、白鳥幸助が協力して道具等を揃え踊り組を発足させた。
保持する演目は、入り掛け舞、女鹿隠し舞、三つ狂い舞、二つ狂い舞、案山子舞、安着返り舞、縄舞、笹舞、竿引き舞、坊主舞、供養舞がある。
流しには行参の文字があり、領主の白川家が年に一度は殿中に来て踊るようにと授けた文字という伝承になっています。
早川流は流しの文字通り行山流に近いのですが、とにかく全てがハイスピードであるのが特長です。
まるで山野を渡渉するマタギのように迅速で勇壮です。まさに山立勘太郎の由緒に相応しいものです。
女鹿隠しでは中立の鹿が女鹿を探して会場内を走り回るのが人気となっています。
そしてめでたく女鹿を探し当てたところで場内から喝采が。
動画でどうぞ。
