狼ヶ志田神楽 彦炎出見尊 @ 第51回胆沢郷土芸能まつり
さて、本日は第51回胆沢郷土芸能まつりから狼ヶ志田神楽さんの 彦炎出見尊 についてです。
その前に狼ヶ志田神楽さんの由来を定本より
「狼ヶ志田神楽は、文久元年神楽の祖、菅原甚太郎、菅原新右エ門、菅原今朝吉、小野寺長蔵等が、小山、中沢神楽の本庄板太郎より山伏神楽を伝授された。
明治二十五年十一月、菅原甚太郎が上昼沢佐藤家を通して達古袋と縁組をしたことから、西磐井郡萩荘村達古袋阿部徳太郎、小岩彦三郎両師匠より達古袋神楽を伝授された。
達古袋神楽は、達古袋に永住した羽黒山系山伏一七代元道常学院相模坊が指導したと言われる。
大正五年二の台、菱ヶ森、大正八年恩俗、衣川雲南田等に狼ヶ志田神楽を伝授している。
明治二五年初代庭元菅原甚太郎より昭和四四年九代庭元青沼松男に引継がれている。」
とあります。現代表は高橋先雄さんです。
これは天孫瓊瓊杵尊の三男で彦炎出見尊のことであり、海幸山幸の話。
兄の火闌尊です 海幸彦です
山での狩を生業とする弟の彦炎出見の尊が、ある日海での魚釣を生業とする兄爛降尊と互いの持ち物を交換しようと持ちかけます。
ところが兄が弓矢で狩をしようとしても一匹の獣も取れず、頭にきていしまいます。
弟も海に釣りに出かけますが、魚が釣れるどころか、兄の大事な釣り針を魚に持って行かれてしまいます。
兄に弓と矢を返されたが、無くした釣り針を返す術に困り果てる彦炎出見尊です。
〽 應 吾が帯する劔をもって造り返すといえども 承引ならず 何と言い訳申さんやのう
ここで、幕入りとなりますが、話はこの後、浜辺でシオツチノオジに出会い竜宮へ渡る展開になりますが、まずはここまで。
動画でどうぞ。
