宿大乗神楽 三番叟~七五三切り@ 第33回江刺神楽大会
さて本日は、第33回江刺神楽大会からゲスト出演の北上市二子町の宿大乗神楽さんです。
二演目を続けていきます。
その前に、宿大乗神楽さんの由来について当日のパンフレットより
「嘉永元年(1848)、宮城県遠田郡涌谷箆岳の箆峰寺から南笹間(花巻市)の万法院に伝えられ、万法院から村崎野妙法院(天照御祖神社・伊勢神社)に伝えられ、明治30年に村崎野妙法院から二子八幡の妙泉院(二子八幡神社)に伝えられました。
明治34年に村崎野大乗神楽初代和田永全法印から、二子下宿の千田行全法印に榊舞が伝承され、宿大乗神楽として発祥しました。
その後、大正13年に2代目庭元川辺瑞全(宇介)、昭和44年に3代目庭元千田瑶全(貞三)、昭和54年に4代目庭元千田善弘法嗣(善弘)、平成22年に5代目庭元及川善和浄土(和生)として引き継がれています。」
とあります。現在の代表者は及川和生さんです。
大乗神楽の幕出しは幕の左右端からが多いようです。他の山伏神楽の場合ほとんどは幕中央からの出入りなので、この辺は法印神楽の流儀なのかなと思われます。
森口多里が岩手の民俗芸能山伏神楽編の中で大乗神楽について解説にしておりますが、その中で「大乗神楽の三番叟」として一項を起こしています。
他の山伏神楽と相違する点が多くあるためと思います。
幕出し歌は
「上を見たれば賀茂や桂川、下を見たれば近江川、中を見たれば愛染川とて流れける、さればあだのやをさえさえにとつうよ、こよう昔のさるこは安間兵しかまへた」
先の森口解説では、昔に廻り神楽をしていたころは夜神楽の中入り後に三番叟が出され、その後に見物衆の中から飛び入りで真似三番叟をしたとある。おおらかな時代だった。
本三番叟が一旦幕に入ると、真似三番叟と胴取の軽妙な掛け合いとなり、観客をステージに上げて真似三番叟の踊りをなしたりする。
最後は本三番叟が舞い納めます。
次に七五三(しめきり)切りです。
七五三切舞は采をかぶった直面の三人の舞で、扇・錫杖・帯刀で舞います。
解説では
「天の岩戸の前に張った注連縄を切る歳殺神・黄幡神・豹尾神の三神の舞いとされ、本地仏は、歳殺神が千手観音、黄幡神は胎蔵界大日如来、豹尾神は金剛界大日如来とされます。
三人が抜刀して太刀くぐりをします。
この神達は、牛頭天王の八人の子供の神で八方位の吉凶神です。
この様に慈悲深く智慧ある仏達が、凶神の姿で天の岩戸の注連縄を切り落とす設定と考えられます。」
とあります。
最後は一人舞となり、振り太刀で舞い納めます。
動画でどうぞ。
■ 三番叟
■ 七五三切り
