小田代神楽 水神明神 @ 第33回江刺神楽大会
さて本日は第33回江刺神楽大会から小田代神楽さんで 水神明神です。
小田代神楽さんの由来について定本より・・・といつも南部神楽に関して引用している一関市文化財調査報告書を編著した阿部正瑩さんが昨日他界されました。今日の南部神楽研究の基底ともなる神楽団体の詳細を実地に調査研究した成果は広大無辺で、その後の南部神楽研究発展に欠かすことのできないものでした。改めて感謝しつつご冥福をお祈りします。
で、小田代神楽さんです
「明治二八年一○月、部落の氏神五十瀬神社に神楽を奉納するため、氏子総代の植田喜作が庭元となり、羽田の鴬沢神楽から師匠を招き指導を受け、小田代神楽を創設した。
初代庭元植田喜作、二代及川春治、三代及川清志四郎、四代~五代及川篤男である。」
とあります。初代の植田喜作が指導を受けたのは菅原金之丞とあるが、金之丞は千葉栄佐衛門とともに瀬台野神楽を立ち上げた人物であり、後年田原の蟹沢に婿入りして蟹沢神楽を創設し、周辺の地域にも神楽指導をした。
そして現在の第六代目庭元は及川章さんです。
さて演目の水神明神舞は東方の国と西方の国の神争いとなっています。
瀬台野神楽系統では明神舞もあり、こちらは大屋比毘古神と大綿津見神の二神の祈祷舞です。
幕出し唄は
〽 さんやー 水神明神なー 水神明神なー 祓いさんよー
東方の神は、明神舞と同じく阿吽の狐面を付けて舞います。
それ故かどうか不明ですが、手次も狐になっています。
次に白荒面に黒采を付けた西方の神が威嚇して東方の神に迫ります。
双方の住処を巡って、ついには装束を改め神戦となりますが、そこへ天照大御神が現れて仲裁します。
〽 各々抜きたる剣を納め、五行和睦千代の御神楽を舞い遊び給え
最後面を外して華やかな崩し舞で舞い納めます。
〽 やあえい 調子を揃え歌をごそこえ~
動画でどうぞ。
