下猿沢伊勢神楽 @ 第37回大東町郷土芸能発表会
さて本日は、第37回大東町郷土芸能発表会から下猿沢伊勢神楽についてです。
下猿沢伊勢神楽さんの由来については、「大東町の民俗芸能」より抜粋
「元文年間(1736~1741)、鳥海村丑石部落に3名の兄弟があり、西国66箇所を巡礼の途上で駿河国に泊まったところ、川止めにて数日を暮らす。その時、同地にて秋祭りのため数名よりて指南しているのを見て、3兄弟はこれぞ故郷への土産にすべしと数曲を習い覚えて帰る。
これが下猿沢に伝わったのが今から140年くらい前、沖田の堀合部落から猿沢の岩の下へ婿養子に来た忠吉という人が、小向、板倉の若者を誘って村祭りに舞ったのが初めといわれている。」
〽 伊勢に行きたや 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも というとおり、江戸時代には東磐井地方でも伊勢代参が盛んだったようで、この伊勢神楽が沢山伝承されている。
下猿沢の他に、大原(内野、上大原)、興田、渋民、猿沢、奥玉ということです。
他に「大東町の民俗芸能」によれば、丑石、曽慶にもあったようです。
各地の伊勢神楽の伝承によれば、駿河で見て覚えたとありますが、これは神楽というよりも田囃子に近い感じです。
壬生の花田植に代表される田囃子は、西日本に多く分布し、綾撥で太鼓を曲打ちしながら賑やかに囃しながら田植をします。
これにも音頭取り役のササラが付きます。
伝承している曲目は、お登り、お降り、曲、宇平殿・茂平殿・平作殿、一拍子、岡崎、矢車、打止となっています。
曲という演目は、踊り手が輪になって回りながら太鼓を順繰りに打つ演目である。
踊り手は丸く回りながら手に持った綾撥を高く放り投げて受け取る妙技を披露する。
ここが見せ場であるが、実に華やかな感じがしている。
そして、この神楽組の特徴といえるのがこの「ささら摺り」である。
道化であり踊り組の先達であると説明しているが、太鼓の囃子にささら摺りとは秋田県鳥海地方のシャギリに付くささら摺りを思わせる。
動画でどうぞ。
